2018年05月

今月の話題は、日大アメフト部のアレである。学生よりも監督・コーチ・大学職員のボンクラぶりがやたらと目についたが、僕にとって一番印象的だったのが、監督・コーチの記者会見の場で、司会が放った言葉である。
記者会見で「日大のブランド」失墜か 「受験やめる」「やめさせた」ネットで相次ぐ:しらべぇ
ある記者が「あなたの発言で日大のブランドが落ちるかもしれないんですよ」と発言。しかし、司会者は「いいえ、落ちません!」と激高。当然ながら会場は騒然となった。

「ブランド」は今の日本を読み解くキーワードだと考えている。

おそらく日本人ほどのブランド好きはいないだろう。日本でブランドを確立するのは容易なことではないが、一旦確立されると、少々のことではその価値は毀損されない。これが僕が日本人はブランド好きであると考える所以である。

だから、「いいえ、落ちません!」と言った司会の言葉は決して間違っていない。実際、日大ブランドもペナルティを受けて、一時的には受験生も減るかもしれないが、そんなのせいぜい1・2年で戻ってしまうだろう。早稲田のスーフリ事件で、早稲田のブランドがどの程度落ちたかを考えれば、すぐに分かる。

本来、ブランドは価値を維持する努力を怠れば、すぐに落ちるものだ。事件そのものもそうだが、ウソをついたり、ミスの処理が悪かったりすれば、ブランドの価値は地に落ちて、そのブランド名はマイナスに働く。ところが日本ではそうではない。最初のブランド価値が高ければ高いほど、すぐに復活する。それが分かっているから、「いいえ、落ちません!」なのだが、もちろんこれは日大だけの話ではない。

ブランドの価値とは、わかりやすく言えば信用である。日本では、何らかの不祥事で信用を失っても、もともとのブランド価値が高ければ、すぐに信用をとりもどすのである。

ニュースを見ていると、今の政府も官僚も、ブランド価値の維持に努めているとはとても思えない。あれでもいまのところ通用しているのは、多くの日本人にとって国家があらゆるブランドのトップにあるからである。しかし、国家がブランドのトップにあると考えていない人にとっては、今の政府にまかせてはおけないと思うのは当然である。

こうした中、高度プロフェッショナル制度なる法案が可決されそうな勢いである。ブランド価値のない政府が作る法律を、これまたブランド価値のない企業が運用する。そりゃ竹中平蔵がいくら擁護したって、信じられるはずがない。
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先日、あるホテルに行ったら、部屋にBluetoothスピーカーがあって、例のSpotifyで聞いてみたら、なかなか感じがいい。でも、値段を調べてびっくり。3万円もするじゃないか。

たしかにオシャレだが、スマートスピーカーでもWifi対応でもない、単なるBluetoothスピーカーである。オシャレでない生活をしている僕には高すぎる。

もっと安いのがあるんじゃないかと思って調べてみたら、いくらでもある。そこで、amazonのレビューで評判のいいAnkerのSoundcore2なるBluetoothスピーカーを買った。お値段5000円弱。
Sound Core2:Anker
AnkerSoundcore2
外箱はこんな感じ。みっちり入っていて、中身とほとんど同じ大きさである。付属品は説明書と短いUSBケーブルだけ。マイクロUSBで充電するのだが、充電器は入っていない。手持ちのものを使うか、別に買う必要がある。PCのUSBでも充電できるが、かなり時間がかかるだろう。
外箱
筐体はゴムっぽい材質でできており、滑りにくく手触りがいい。IPX5なので、風呂に持って行っても大丈夫。
大きさ
ご覧の通り非常に小さいが、連続再生で24時間もつというバッテリーが重いのか、407gもある。この重さは、持ち歩きにはちょっときついが、音質的には重い方がいいはずだ。

上面。各ボタンがでかくて分かりやすい。暗闇でも大丈夫。
上
さて、肝心の音だが、「スピーカはデカければデカいほどいい」と思っている我々オッサン世代にとっては、驚異的に音がいい。小さいくせに低音もブンブン出てるし、ボリュームも思いのほか上がる。無音時のノイズもない。

ただ、少々置く場所を選ぶようで、やたらいい音に聞こえる場所と、そうでもない場所があった。触ってみると、筐体がかなり振動しているので、下になっている材質の影響を受けやすいのだろう。「なんかイマイチだな」と思ったら、置く場所を変えてみるとよい。

音にうるさい人が何と言うかわからないが、5000円程度でこれなら、十分満足。少なくとも、ホテルでみたオシャレ3万円スピーカーよりは、こちらのほうがいいと思うよ。


先日、話題の音楽配信サービスSpotifyのアカウントを取った。僕は、「No music No life(音楽がなければ死んじゃう)」の類の人ではない。それでもアカウントを取ったのは、次の2つの理由からだ。

・先日ニューヨーク証券取引所に上場した。
・Ubuntu(Linux)のアプリがある。

Spotifyはブラウザからは聞けず、必ずアプリをインストールしなければならない。Ubuntuじゃ無理かと思ったら、ちゃんとあった。それも、Ubuntuソフトウエアから簡単にインストールできるし、日本語化もちゃんとされている。いうまでもなく、iPhone・android・Windows・MacOSXにも対応している。とりあえずUbuntu版とスマホ用のandroid版をインストールした。

実際聞いてみると、まだ入っていないアーティストやグループもある(特に日本人)ものの、意外にマイナーなグループが入っていて楽しい。洋楽ならそうとうマイナーだったり、古かったりしても大丈夫そうだ。歌詞が同期される(されないのもある)のもいい。
トランジスタ・ラジオ
さて、Spotifyにはプレミアム版と無料版がある。無料版には制限があるが、途中で消えてしまうとか、聞けない曲があるとかではない。スマホ版の制限は、すべてシャッフルになってしまい、アルバムやプレイリストの冒頭からとか、聞きたい曲だけとか、そういう聞き方ができない。

ところが、実際試してみるとUbuntu版はそういう制限がない。頭から聞けるし、好きな曲だけをかけることもできる。これはすばらしい・・・と思ったんだけど、とんでもない落とし穴があった。

ある日、突然聞けなくなったのである。スマホ単体では聞けるが、Chromecastを通すとダメ。規約を再確認したらスマホとそれ以外では制限が違うのだった。Spotify無料版の制限をまとめてみると次のようになる。

【共通】
時々、曲と曲の間に広告が入る。
アプリに広告が入る。
オフライン不可。

【スマホ】
時間制限なし。曲順がシャッフルになる。ただし、何回か曲を飛ばすことはできる。

【パソコン・タブレット・Chromecastなど】
シャッフル制限はないが、一ヶ月15時間まで。

このルールを知らず、調子に乗ってパソコンとChromecastを使って聞いていたので、2・3日で15時間を使い果たしてしまったのである。プレミアムプランにすれば、これらの制限はなくなる。最初の3ヶ月は100円、それ以降は月980円だそうだ。

とはいえ、僕の聞き方としては、家でBGM的に聞く方が多い。パソコンで音楽を聞くことなんて、たぶん月15時間で十分だろう。それ以外はスマホを使って、Bluetoothスピーカーを使えばいい。というわけで、Bluetoothスピーカーを買ってみたのだが、それは次回の講釈で。

烏丸光広本の『徒然草』第7段を翻刻していて、「ハテ?」と思った。

第7段 あだし野の露消ゆる時なく・・・:やたナビTEXT
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の○秋を知らぬもあるぞかし。

伏せ字にしたのは、そこに「ハテ?」と思ったからだ。「夏の蝉の○秋を」は底本では次のように書いてある。
夏のせみの

「暮秋」と読んで入力してから、「あれ?暮秋だったっけ?・・・」と思ったのだ。烏丸光広本を底本とする活字本をあたってみると、手元にあるもの(角川文庫新版・新潮日本古典集成・角川全注釈etc)はすべて「春秋」としている。

そこで、東京大学史料編纂所の「電子くずし字字典データベース」に当たってみると、次のような結果が得られた。上段が「暮」で下段が「春」である。
暮と春
「暮」にはよく似た字形があるが、「春」にはない。ついでに手元の書道字典(角川書道字典・二玄社新書道字典)も当たってみたが、結果は同じだった。

しかし絶対にこの形にならないとも言い切れない。「春」の篆書は、
春
で、草冠である。これに基づく異体字「萅」がある。
春(異体字)
この字形なら、烏丸光広本の形になる可能性はある。

実は、ここは古くから典拠が指摘されている。『荘子』逍遥遊の「朝菌不知晦朔、蟪蛄不知春秋」がそれだ。『徒然草』最古の写本である正徹本も「春秋」になっている。本来は「春秋」でいいのだろう。逆に言うと、これまで活字になった本がそれを踏襲しているだけとも考えられる。

今、作っているのは烏丸光広本の翻刻である。もし烏丸光広本が改変したとしても、そのままにしなければならない。「暮秋」は旧暦の9月だから、意味は通っている。それどころか、「かげろふの夕べを待ち」に続く言葉としては「夏の蝉の暮秋を知らぬ」のほうが整っているように感じられる。

あとは、今後この字形がこのあとどう使われるかである。烏丸光広本は古活字本だから、全く同じ字が出てくるはずだ。今、即席に調べることもできるが、どうせ全部翻刻するのだから、これからの楽しみとして取っておこうと思う。

【2018/06/12 追記】
「夏の蝉の春秋を知らぬ」でした。
続・春秋か暮秋か(春秋でOK):2018年06月12日

やたナビTEXTでは、現在『打聞集』の本文を作成している。『打聞集』は、その前にやった『蒙求和歌』同様、漢字片仮名交じりである。一丁に入っている文字数も多く、なかなか読むのがつらい。

それに加えて、『打聞集』は、ほとんどすべての説話が『今昔物語集』か『宇治拾遺物語』と同じ内容である。書きぶりの違いは興味深いが、どれも読んだことがある内容ばかりで、正直飽きてきた。

飽きてくると更新のペースが落ちる。それはいかんというわけで、別の作品を並行してやることにした。何にしようか、いろいろ考えたが、思いっきりメジャーどころで、

烏丸光広本『徒然草』:やたナビTEXT

にした。

烏丸光広本は、流布本の代表格で、現在刊行されている『徒然草』のすべて(たぶん)が、これを底本にしている。現在見られるネット上のテキストも流布本系だから、いまさら僕がやたナビTEXTで取り上げるのもあまり意味がないかもしれない。

しかし、『徒然草』のような、数百年にもわたって読まれてきた作品は、他に古体を示す伝本があっても、安易にそれを使うことができない。光広本あっての『徒然草』なのである。いずれ、正徹本もやってみたいと思うが、まず光広本がなければ話にならないだろう。底本に忠実な翻刻は意外にないから、まったくのムダでもないだろう。

個人的には、自分が『徒然草』を書いた時の兼好と同じぐらい(いつ書いたのか分からないけど)の年になって、もう一度、ゆっくり読み直したいという気持ちもある。それには翻刻するのが一番である。

さて、すでに第7段まで作ったが、さっそく一つ疑問がわいた。それは次回の講釈で。

【2018/05/25 追記】
次回の講釈書きました。
春秋か暮秋か:2018年05月25日

インラインスケートの練習で、夜な夜な近所の公園に行っている。夜の公園はいろいろな人がいて面白い。ジョガー、カップル、犬の散歩、よっぱらい、ラジコンで遊んでいる人、一人でなにやら考え事をしている人、宴会している人・・・日替わりで、入れ代わり立ち代わり、いろんな人が来る。

そんな中、いつ行っても必ずいるのが「スモンビ(Smombie)」である。

スモンビとは「スマートフォンゾンビ(Smartphone zombie)」ともいい、日本語でいう「歩きスマホ」である。欧米ではよく使われる言葉らしく、各国語のWikipediaに立項されている。

Smartphone zombie(英語版)
Smombie(ドイツ語版)
Smombie(フランス語版)
Smombie(スペイン語版)

それにしても、ゾンビとはよく言ったものだ。スマホを見ながら歩くと、自然と歩く速度が遅くなる。前を見ずフラフラと歩く様子は、まるで魂がないようだ。これが夜の公園となると、さらにゾンビ度が増す。

公園内の道を滑っていると、前方の暗闇から、青白い顔がぬらーりとやってくる。これが夜のスモンビである。スマホに照らされて、顔が青白く光って見える。まるで怪談を語る稲川淳二だ。
(下の写真は再現です)
スモンビ(再現)
このゾンビ、老若男女さまざまである。ただし、一番怖そうな老女のゾンビだけは見たことがない。公園内には複数のゾンビがいるが、おのおの一人で行動し、集団で襲ってくることはない。

ゾンビだからスピードは遅いのだが、これを避けるのがなかなか難しい。やってくるスモンビの右か左があいているので、スピードを落としてあいている方へ避ける。ところが、どういうわけだか、わざわざこちらに向かってくる。さすがはゾンビというだけのことはある。そういう習性なのだろう。

だから最近はゾンビを見つけ次第、Uターンして逃げるようにしている。もし発見が遅れて、どうしてもすれ違わなければならない時は、僕の方から完全にストップしてしまう。これでも向かってくるやつがいるので恐ろしい。

スモンビには待ち伏せしている者もいる。これがまた怖い。

僕がいつも行く公園には、一箇所だけ喫煙所がある。
喫煙所
最初のころ、スケートを履いたまま、ここにいかに格好良く入るかが、僕のテーマだった。広い道から、スピードを十分落として左にターン、喫煙所に入る。吸殻入れの前でピタッと止まり、やおらポケットからタバコを出して点火。

この一連の動作を、スムーズかつ涼しい顔をしてできたら合格である。喫煙所の中の地面は少し傾斜しているうえに、ゴツゴツしているので、これが初心者にはなかなか難しい。よろけてパーティションや吸殻入れに手を伸ばしたら失格である。

この喫煙所、高確率でスモンビがいる。どういうわけだか、決まって隅っこのほうでしゃがんでいる。外からはパーティソンに隠れて見えない。入ると青白い顔の人が足元でしゃがんでいて、びっくりしてコケそうになる。

ゾンビのくせにタバコを吸うのかと思ったら、かならずしも吸っていない。毎回同じ人ではなく、しばらくするといなくなって、また別のゾンビが来る。タバコの臭いがゾンビを引き付けるのか、はたまた、ここを当番で守っているのか、とにかく心臓に悪い。
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連休中は、ほぼ毎晩インラインスケートの練習をしていた。練習といっても、本番はないから、思いどおりに操れるようになるまでは、ずっと練習である。

新しいことを始めると、いろいろ発見があるものだ。

僕に先生はいないので、家でYoutubeを見て動きを覚える。場合によっては、公園でスマホを使って見る。Youtubeで軽々と先生がやっていることが、いざやってみると簡単にはできない。繰り返しやって、なんとかできるようになるのはまだいい方で、全然できないこともある。

ここで僕は書道の授業を思い出す。例えば、楷書の右払い。筆先から入って、だんだん太くしていって、一旦止めて横に抜く。僕の生徒はこれがうまくできない。僕は、どうしてこんな簡単なことが出来ないんだろうと思う。しかし、それは僕が出来なかったときのことを忘れているだけなのだろう。

出来ているつもりでできていないということもある。先生がいないから、ちゃんとできているのかいないのか、イマイチ分からない。僕の生徒も、ぜんぜん出来ていないのに「できましたー」などと言って持ってくる。最初はなんて厚かましいんだろうと思っていたが、そうではない。出来ていないのが分からないのだ。

先日、下り坂で豪快にすっ転んだ。長袖のシャツを着ていたのに、暑くなってきて脱いだ瞬間、この始末である。腕にみごとな擦り傷ができた。福建省で砂山に突っ込んで以来(今年の夏、中国のどこを走ったか:2010年09月26日参照)、8年ぶりの擦り傷は痛かった。
擦り傷
なかなかあることではないので、この写真を妹にLINEで送ったら、かくのごとく無慈悲な反応が返ってきた。
妹からのLINE1
妹からのLINE2
さんざんな言われようだが、それでも僕はオッサンの可能性にかけたいと思う。
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今月は結構書いたつもりだったが、あとから見たらそうでもなかった。新学期はなんだかんだ忙しい。

4月もいろいろあったが、27日の南北首脳会談は、このあとどう転んだとしても、歴史上重要な事件になるだろう。なにしろ、朝鮮戦争終結の第一歩だからである。もし停戦が実現すれば、文在寅大統領と金正恩朝鮮労働党委員長が手を取り合って38度線をまたぐ写真は、ベトナム戦争で大統領官邸に戦車が突入した写真や、ベルリンの壁が壊される写真同様、間違いなく歴史的な写真になる。

安倍首相をはじめ、日本やアメリカの経済制裁が効いたと思っている人も多いらしい。もしそうなら、ずいぶん前から制裁は続けているのだから、なぜもっと早くこうならなかったか。

北朝鮮がミサイルを飛ばしまくっていたころ、平壌の様子がよくテレビで流れた。僕はあれをみて、「経済制裁されているわりには、ずいぶん発展しているな」と思った。ちょっとぐらい経済発展しても、テレビごときには映らないものだ。それが見て分かるというのは、日本人が思っている以上に景気がいい証拠である。

こう言うと、「それは平壌だけで、地方は貧しいままだ」と言われるかもしれない。もちろん、かなり格差はあるだろう。貧しい国が、〈首都だけ〉発展するということは考えられない。首都ほどではないにしても、地方も以前よりもはるかにましになっていると見るべきである。

経済制裁というものは、ある程度経済が良い状態にならなければ効かない。世界有数のビンボー国に経済制裁しても、最初からビンボーだからたいして効かないのである。

おそらく、金正恩体制になってから、そうとう経済成長をしたのだろう。常識的に考えれば、それは中国との貿易によるものだ。たぶん、中国が最近マジになって経済制裁に加わったので、経済制裁が効いたのだろう。だとすれば、朝鮮戦争終結の手柄は中国ということになる。

ただ、何となく、これも正確でないような気がする。北朝鮮がミサイルを打ち上げまくり、トランプ大統領が金正恩委員長をロケットマン呼ばわりしていた時から、全部筋書きができていたようにも思える。

まあ、いずれにしても、この件に関して、安倍首相が何の役にも立っていないのは明白である。
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