2018年09月

夏休み明けの一ヶ月もついに去ってしまった。8月の暑さもどこへやら、どうにも天気の悪い日が多く、せっかく涼しくなったのに、インラインスケートもなかなかできない。

先月の中国東北旅行の記事はもう少し書きたかったが来月に回す。ハルビン・長春ではかつての(偽)満州国の「兵どもが夢の跡」を見てきたのだが、いろいろ調べなきゃならないことがあって、なかなか進まなかった。

さて、今月は災害の月だった。月の始め(9月4日)には台風21号が西日本を襲い、甚大な被害をもたらした(平成30年台風第21号:Wikipedia)。その数日後(9月6日)には、北海道で震度7の大地震(北海道胆振東部地震:Wikipedia)である。そして、今現在も台風が迫っていて、僕の部屋の外は暴風が吹いている。

そんな中、20日に自民党の総裁選挙があった。安倍晋三氏と石破茂氏の対決で、おおかたの予想通り安倍氏が三期目の自民党総裁=総理大臣ということになった。

そもそも自民党内の選挙なので、あまり興味はなかったが、たぶん石破氏は勝つ気はなかったんだろうと思っている。安倍内閣だっていつまでも続くわけはないのだから、次への布石だろう。

安倍政権が消極的に支持されているのは、経済、もっというと株価がうまくいっているからである。本気で勝つつもりなら、経済のことをもっとも強く言うはずだ。簡単にいえば、当面のアベノミクスの踏襲である。これが客観的にみて少なかった。

もちろん、アベノミクスそのものが石破氏の意に反しているから言わないのだが、仮に石破氏が総理大臣になったとして、いきなりアベノミクスを止めるというのは、高速道路で急ブレーキを踏むようなものだ。どちらにしても、しばらくは続けざるをえないのだから、本気で首相になろうというのなら、そこをもっと言うはずである。

石破氏からすれば、現状で政権を渡されても困るというのが本音だろう。アベノミクスの後始末やら、消費税の増税やら、外国との関係やら、そのまま前政権から受け取ったら損しそうなことが多すぎる。面倒なことは安倍政権のうちにかぶってもらおうほうがありがたい。

ようは、「自分は安倍氏よりははるかにマシ」というイメージを植え付けつつ、ボロ負けしなければいいのだから、今回の総裁選挙は石破氏の望みどおりの結果だったのだろうと思っている。
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かつて、東北地方(旧満州国)には南満州鉄道(満鉄)が経営していたヤマトホテルというホテルチェーンがあった。それらのいくつかは現存し、今でもホテルとして営業している。

ヤマトホテル:Wikipedia

というわけで、ハルビンと長春のヤマトホテルに行ってきた。

まずはハルビン。かつてはこんな感じ。(『最新哈爾濱の展望』より)
昔のハルビンヤマトホテル
現在は龍門貴賓楼酒店になっている。前に張り出した日よけとか、右側の塀とか、昔とほとんど変わっていない。ちなみに、この建物の裏には貴賓でない人が泊まる龍門大厦がある。最初間違えてそっちに入った。
現在のハルビンヤマトホテル
入り口はこんな感じ。なにやら妙な装飾が付いているので真似をしてみた。
現在のハルビンヤマトホテル(入り口の装飾)
ロビー。原型を保っているような気がする。
現在のハルビンヤマトホテル(ロビー)
ロビーの前の階段を上がっていくとステンドグラスが。
現在のハルビンヤマトホテル(ステンドグラス)
客室の廊下。むちゃくちゃ幅が広い。
現在のハルビンヤマトホテル(廊下)
続いて長春。かつてはこんな感じ。(Wikipediaより)
昔の長春ヤマトホテル
現在は春誼賓館という。赤い電光掲示板は中国のお約束。日よけは後付けかと思ったら、昔の写真を見ると同じ形のが付いている。

長春駅の真向かいにあって、ホテルの前に広大な駐車場がある。ハルビンのヤマトホテルとはずいぶん雰囲気が違う。
現在の長春ヤマトホテル(正面)
装飾を見たときはアール・デコだと思ったが、あとで調べたらアール・ヌーヴォーらしい。
現在の長春ヤマトホテル(左)
ロビー。かなり手が入れられているようだ。今回、階段を上がらなかったが、突きあたりの装飾はたしかにアールヌーヴォーである。写真撮っておけばよかった。
現在の長春ヤマトホテル(ロビー)
廊下。ピンボケご容赦。
現在の長春ヤマトホテル(廊下)
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ハルビンの街を歩いていたら、なぜかアルパカを2頭連れて歩くオッサンを発見。左のオバチャンに注目。写真を撮ったときには、アルパカに気を取られて全く気付かなかったが、ニンジンか何かを切っている。
警察アルパカ1
しばらく見ていると、オバチャンがアルパカの前の箱に野菜くずをドバッと入れた。アルパカくん、当たり前のようにむしゃむしゃと食べだした。
警察アルパカ2
写真を撮るために、もうちょっと寄ろうと思ったのだが、オッサンをよく見てびっくり。この人、警察官らしい。
警察アルパカ3
別に悪いことは何もしていないのだが、さすがに警察官と分かると、あまり近寄れない。思いっきりズームして、できる限り近付き、撮り逃げしたのが上の写真である。

それにしても、アルパカと警察官はどういう関係があるのだろう。警察犬みたいなもので、いざというとき犯人に唾でも吐きかけるのだろうか。あまり捜査に協力してくれそうな気がしないが、マイナス20度になるという冬の寒さには強そうだ。

当たり前のようにエサをあげていたオバチャンは何者だろう。近所の食堂のオバチャンだと思いこんでいたが、実は腕利きの潜入捜査官だったりするのかもしれない。
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兆麟公園と松花江(その1)の続き

さて、前回の兆麟公園のすぐ近くに松花江は流れている。河口からみたらかなり上流にあたるのだが、これがバカでかい。
松花江
川岸は公園になっていて、人民の憩いの場になっているが、それは昔も同じ。しかし、ヨット遊びする人も多く、昔の方がブルジョア的だったようだ。
松花江風景
上流側。噴水の向こうに見えるぼんぼりみたいなのは、川を横断するロープウェイ。今回は乗らなかった。
噴水
潜水員募集。
落書き

川のすぐ近くには釣りをするオッサンでいっぱい。平日なんだけど・・・。あと、小一時間いたけど誰も釣れてなかった。
釣りするオッサン
ボートのオッサン。
ボートのオッサン
お約束、見えない何かと戦ってみた。見えない敵と戦ってみたコレクションが増えた。
松花江で見えない何かと戦ってみた
僕の右手の下に半裸のオッサンがいるのが見える。このオッサン、しばらく観察していると、・・・。
川に入るオッサン
川に入っていく。そして・・・。
泳ぐオッサン
なんとメガネしたまま泳いでいる。これは相当な手練だ。ガキのころからここで泳いでいたに相違ない。水オヤジコレクションが増えた。
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ハルビン市には松花江という大河が流れている。現代の日本人にはあまり馴染みがないかもしれないが、僕にとって中国の川といえば長江・黄河についで身近な名前だ。それには二つ理由がある。

一つは松花江緑石硯。その名の通り緑色の硯で、松花江の上流に産した。満州族である清朝が威信をかけて探し求めた石だが、嘉慶帝のころにはすでに産出されなくなった珍品だ。何度か現物を見たことがあるが、緑端渓などのニセモノも多いようなので、僕が見たのが本物だったかどうかはわからない。

もう一つは祖父から聞いた話。祖父は戦争中、兵隊としてハルビンにいた。ハルビンの冬は寒く、広大な松花江は凍りつき、そこでアイススケートをやったという。

そんな祖父の遺品に、満州の写真集があった。一冊は『最新哈爾濱の展望』というもので、ハルビンのガイドブックみたいなもの。ほぼ全編モノクロ写真。
最新哈爾濱の展望
もう一冊は『満洲大観写真帖』。お土産用だろうこちらは絵葉書ぐらいの大きさの小冊子。「原色版」とあるようにカラーだが、絵にしか見えないものも多い。
満洲大観写真帖
以下、この二冊の写真と今の風景を比較してみよう。

市内中心部から松花江に向かうと、川の手前に兆麟公園という大きな公園がある。かつてはプリスタン公園とか埠頭公園と呼ばれたらしい。旧満州国時代、このあたりは日本人の多く住む地域で、憩いの場だった。下の写真は『哈爾濱の展望』より。
プリスタン公園の風致
こちらは『満洲大観』。どう見ても絵だけど。
ハルビン埠頭公園夜景
ほぼ同じ位置から写真を撮ってみた。どうにも狭く見えるし、どう考えても右側の亭子が低いが、この橋が見えるのはここしかない。
現在の兆麟公園
『哈爾濱の展望』には橋のアップもあった。よほど愛された風景なのだろう。兆麟公園には5つ橋があるが、すべて形が違う。この橋は跨虹橋という。
昔の跨虹橋
現在。手すりは変わっているが、下部のトラス構造は同じようだ。
跨虹橋
跨虹橋(反対側)
樹木が豊かで花もきれいに咲いている。なかなかいい雰囲気の公園だが、なぜかところどころに遊園地みたいな遊具がある。ちょっと野暮ったい井の頭公園みたいな感じだ。
兆麟公園の遊具
メリーゴーランドも・・・ん?よく見るとヘンな絵が。
メリーゴーランド
拡大。江口寿史先生のトーマス兄弟!でも三人だっけ?後ろの人は誰?
メリーゴーランドの絵
最後に、名前の由来になった李兆麟の墓。抗日戦争の英雄だそうだ。
李兆麟の墓
かつて、日本人の憩いの場だった公園は、抗日戦争の英雄の名を冠する中国人民の憩いの場になった。諸行無常、驕れる者は久しからずである。

その2へ続く。
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やたがらすナビと、このブログのGoogleAdSenceによるアフィリエイト収入の総額が、10万円をこえた。

AdSenceを始めたのはサーバーを引っ越ししてからだから、2010年9月。10万円までちょうど8年かかったことになる。始めて数ヶ月で10万こえたとかいうブログをときどき見るが、僕にはどこか異世界の話としか思えない。

始めたころは、リンク集とりぞうむ文学辞典ぐらいしかなかったので、ひと月の収入は数百円程度だった。それでもサーバー代とドメイン代には十分だったから、なんとか続けられそうだなと思ったのを覚えている。このころは国文学研究資料館の広告がよく出ていた。

その後、古典文学電子テキスト検索和漢籍研究ツール・DB検索やたナビTEXTなどコンテンツを増やし、現在は一ヶ月1500円〜2000程度、amazonアソシエイトも含めるとプラス500円程度が、このサイトによる現在の収入である。アフィリエイトの収入は、正直たいした金額ではないが、あるとないとでは大違いで、収入が多い月はやる気も出てくる。

やたがらすナビの場合は、季節要因でアクセス数が大きく変動する。一番多くなるのが7月と12月で、少ないのが3月である。定期試験や卒論、入試と関係があるのだろう。3月といえば、入試も卒論も終わって春休みに入る季節、古典なんか見たくもないというところだろうか。ちょっとびっくりするぐらいアクセス数が減少する。

日本語しかないサイトだが、海外からのアクセスも5%ほどある。ここ一年での日本を除いたベスト5は、1位アメリカ・2位中国・3位フランス・4位台湾・5位韓国になっている。アメリカ・中国・台湾・韓国は以前からの常連だが、フランスは最近増えたようだ。

さて、最後にお願い。

やたがらすナビでは、おかしな広告はなるべくブロックするようにしている。おかしな広告とは、怪しいソフトウエアをダウンロードさせるものや、差別的な内容の本を紹介するものなどである。なるべく頻繁にチェックするようにしているが、当然見落としているものもあるので、もし見つけたらメールでもTwitterでもブログのコメント欄でもいいので教えてほしい。

とりあえず、まだまだ続けるつもりなので、今後ともよろしくお願いします。
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