2018年12月

さて、いよいよ大晦日。なんだか今年はあっという間に過ぎてしまった気がする。

昨日の種蒔きの話だが、今年は、蒙求和歌打聞集徒然草を公開し、現在進行中の沙石集はだいたい半分程度まで終わった。予定では年内に宇治拾遺物語のバージョンアップを終えるつもりだったが、これもまだ半分しか進んでいないのが残念だ。

やたがらすナビのアクセス数のうち、63%がスマホによるもので、タブレットも含めると70%になる。どう考えてもスマホ向きの内容ではないサイトだし、そもそもスマホ対応も遅れているのだが、この数字には驚かされる。さらにOSで見たときに、iOS(iPhoneとiPad)によるものが54%でダントツ、次点がWindowsで25%、Androidが17%となっていて、iOSの強さとAndroidの弱さにも驚いた。

いずれにしても、この状況では、サイトをモバイル対応にしなければならないのだが、これがなかなか進まない(去年も同じことを書いていた)。本当はボンヤリと広告が出てきて、スクロールしようとして間違って広告をタップするようなサイトを作りたいのだが(もちろん冗談です)、僕のノーミソが技術の進化に付いていけなくなっているのだろう。

閑話休題。

それにしても、毎年恒例の「今年の漢字」が2004年以来二度目の「災」になるほど、今年は災害の多い年だった。「今年の漢字」の選定理由を見ると、次のように書かれている。
北海道胆振東部地震、大阪府北部地震、島根県西部地震、西日本豪雨、台風21号、24号の直撃、記録的猛暑など、自然「災」害が多発。北海道全域で電力が止まる「ブラックアウト」や、例年より多い 29個の台風が発生、過去最も早い梅雨明けで始まった猛暑など、例年にない規模の「災」害が日本各地で人々の生活を脅かした。来年、新元号を迎えるにあたり、災害による被害が減少することを願った人が多かった。
ここに挙げられた災害を、どのくらい覚えているだろうか。

地震で倒れたブロック塀の下敷きになった小学生、洪水で孤立し水上バイクで助けられた人々、揺れてもいない地域まで電気がこなくなった北海道のブラックアウト、いずれも衝撃的だったが、実はここに書き出すまで僕もよく覚えていなかった。あまりにいろいろありすぎたのもあるが、自分が関わっていない災害というものは、すぐに忘れてしまうものである。

それらの災害から、まだ復旧していない人はいくらでもいる。今年おきた災害だけではない。7年前の東日本大震災の被災者でさえも同じだ。何ができるというわけではないが、まだそういう人たちがいることだけは忘れないようにしたい。

それではよいお年を。
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今月も残す所あと一日、なんだかあっという間に過ぎてしまった。

クリスマスを過ぎた26日、突然トンカチで頭を殴られたように株価が暴落した。日経平均で5%、2万円をあっさり割って一時は1万8000円台に突入した。前日のニューヨーク・ダウの下げもひどく、それを受けたものである。一日でこれだけ下がったのは、リーマンショックぐらいしか記憶にない。だが、あの時と違い、落ちた理由がはっきりしない。

ところが、次の日にはニューヨークも東京もほぼ値を戻してしまった。暴落したあと戻るのはよくある現象で、「dead cat bounce(死んだ猫の跳ね返り)」と言うそうだが、いくらなんでも跳ね返りすぎである。しかし、今月はだらだらと下げていたから、大納会ではアベノミクス始まって以来、7年ぶりの前年末割れだそうだ。

来年どうなるか、このまましばらく下がっていくのか、何かの拍子に上がっていくのか、いろいろまことしやかに予想する人はいるが、どうなるかは誰にも分からない。僕にもある程度の予想はあるが、予想の責任を取る勇気はないので、それをここで開陳する気はない。

ただ、一つだけ言えることは、「ダメなときには種を撒け」ということだ。相場がいつ底をつけるかわからないが、永久に下がり続けることはない。その時のために、一番ダメそうなときに、上がりそうな銘柄を仕込んでおく。上がりそうな銘柄が分からない時は、指数ETFでも買っておけばいい。

これは、投資に限ったことではない。自分のやっていることが、どうにも上手くいかないときは、ひたすら将来へ向けて種を撒く。種はすぐには芽を出さない。ダメなときは将来的に芽が出そうなことをすればいいのだ。

人間、ダメなときに限って、すぐに結果に結びつくことをしようとするものである。ダメなときは何をやってもダメなので、もがけばもがくほど失敗が重なってしまうことが多い。おもしろいことに、時間的な余裕があるはずの若いときほど、ダメなときにムダにもがいてしまう。もったいない話だ。

僕も何度もそんな経験をしてきて、最近やっとそれが間違いであることに気づいた。僕がひたすら古典の電子テキストを作ってるのは、そんな種蒔きの一つだと思ってもらえればいい。

古典文学ほど素性のいい種はない。なにしろ最初から古いから、これ以上古くなることがない。ただ、いつになったら芽を出すか、はたして僕の目の黒いうちに芽を出すかすら分からないけど。
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ずっと煤けたデジタル時計ばかりしていたので、TIMEXのアナログ時計を買おうと思っていた。TIMEXの時計は安いのだが、アメリカで売っているものとの値段の差が大きく、そのうち旅行で行ったときに買おうと思って、今まで買わなかった。

ところが、先日amazonのタイムセールを見ていたら、TIMEX イージーリーダー(Easy reader)の40週年記念モデルが4,378円で出ているではないか。アメリカのamazonを見てみると、同じようなのがだいたい40ドル前後で、ほぼ同じ値段である。デザインも良さげ。というわけで迷わずポチッ。

18年前に買ったTIMEX IRONMAN(腕時計の電池交換を試してみた:2014年07月04日参照)はビニールの袋に入って、ヨドバシカメラの店頭にぶら下がっていた。値段は同じぐらいなのだが、これはまた随分高級感のある箱に入っている。
TIMEX(箱)
中身と箱は結束バンドで止められている。何も考えずにニッパーで結束バンドを切ったが、箱に「Before Removing Watch Cut Plastic Tie Strap」と書いてあるので、それでよかったようだ。
TIMEXイージーリーダー(箱の中身)
腕にしてみたところ。直径38mmで、かなりでかく感じるが、Easy readerというだけあって視認性は抜群。
TIMEX イージーリーダー(腕に付けた)
TIMEXの腕時計は、ほぼすべてのモデルにインディグロナイトライトという機能が付いていて、竜頭を押すと盤面が光って暗闇でも時間が分かる。普通は光るだけだが、40週年記念モデルなので40という数字が浮き出ている。
光らせた
外国ブランドなので、壊れやすいんじゃないかと思うむきもあるだろうが、IRONMANの方は18年使ってまだ現役である。もっとも、この値段なら数年で壊れても惜しくはない。唯一気になるのが、秒針の音である。周囲が騒々しい昼間は気にならないが、夜になると、掛け時計かと思うほどカチカチという音がする。



おお、8,080円になってる!10個ぐらい買ってヤフオクにでも出さばよかった。
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廃れてきたとはいえ、出さないわけにはいかない年賀状。「郵便局から25日までに出せと言われているけど、もう過ぎてしまった。さてどうしよう」というあなたのために、今年はイノシシのイラストをご用意しました。

年賀状のイラストとして授業中に描いたんだけど、「どう見ても里芋にしか見えない」と言われ、妻にボツにされた絵です。

著作権は主張しません。里芋だけに、煮るなり焼くなり、ご自由にお使いください(画像をクリックすると大きくなります)。
いのしし1
いのしし2
いのしし3
いのしし4
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先日、祖母(100歳)に面会するために、老人ホームへ行ってきた。

祖母のいる部屋の階に着いて、廊下を歩いていたら、向こうから車椅子に乗ったジジイ(尊敬の意を込めて、あえてジジイと呼ばせていただく)がやってきた。すれ違いざまに、「こんにちは」と挨拶すると、「おめえ誰だ。おめえなんか知らねぇよ」と思いっきり悪態をつかれた。

よもや挨拶して怒られるとは思ってもみなかったので、「オッサン、知らなくったって挨拶ぐらいしたっていいじゃねぇか」と言ったら、「オッサン」が気に入らなかったのか、まだ何やらブツブツと悪態をついている。

ちょっとムカっとこないでもなかったが、よく考えると、いつお迎えが来るか分からんようなジジイになって、悪態をついているのは、悪いことじゃないなと思った。

あんまりいい爺さんだと、ちょっと会っただけなのに、「あの爺さんどうしたかな」なんて気になってしまう。悪態つくジジイに対しては、全くそんなことは思わない。たとえ、亡くなったと聞いても、「ああ、あの爺さん死んだのか」ぐらいで、たいして悲しくもない。死ぬ方からしても、あんまりまわりからよく思われたら、現世への執着になるだろう。ちょっと嫌われるぐらいの方がいい。

しかし、大事なのは「ちょっと嫌われる」の「ちょっと」である。あんまり悪く思われて、「クソジジイ殺してやる」などとなったら、それはそれで罪作りだ。第一、いくら年をとっても殺されるのは嫌だ。

僕は、ほどほどに悪態ついて、適当に嫌われるジジイになりたい。
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年末といえば『忠臣蔵』、『忠臣蔵』といえば泉岳寺である。赤穂浪士討ち入りの日からは間が開いてしまったが、実は高輪大木戸跡に行ったときに、泉岳寺にも行っていたのだった。

こちらが泉岳寺山門。
泉岳寺山門
山門を抜けると本堂がある。が、ここでは本堂は脇役。
泉岳寺本堂
山門の左手を入って行くと、みんな大好き四十七士と浅野内匠頭の墓がある。

四十七士の墓の手前に、首洗い井戸なる井戸がある。ここで、吉良上野介の首を洗ったという。
首洗い井戸
そして、一行は吉良上野介の首級を浅野内匠頭の墓前に供えたという。
浅野内匠頭墓
浅野内匠頭墓2
こちらは浅野内匠頭の奥さん、阿久里さんの墓。
浅野内匠頭奥方墓
さすがにお参りの人が多かった。
お参りの人々
全体はこんな感じ。そんなに広くはない。
四十七士墓全景
大将、大石内蔵助の墓はさすがに特別で、小屋がかけてある。
大石内蔵助墓
大石内蔵助の息子、大石主税も同じく屋根付き。
大石主税
墓の扱いは他のメンバーと同じだが、お供えが圧倒的に多い堀部安兵衛。
堀部安兵衛墓
これを書いている時に知ったのだが、赤穂浪士の墓の手前に、堀部安兵衛の妻を騙って泉岳寺の墓守をしていたという妙海尼の墓もあったらしい。墓があったのは覚えているが、そんなこととは知らなかったから、写真を撮っていない。なお、妙海尼の墓は下のリンクをご参照いただきたい。

泉岳寺の妙海尼の墓 :はろはろはうすの<何を食べようか>
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山手線の品川駅と田町駅の中間にできる新駅が「高輪ゲートウェイ駅」という駅名に決定し、これがまた大不評である。正直、僕も聞いた時、「ダセぇ名前だな」と思った。

それにしても、なぜ「ゲートウェイ」なのか。JR東日本のアナウンスによると、
古来より街道が通じ江戸の玄関口として賑わいをみせた地であり、明治時代には地域をつなぐ鉄道が開通した由緒あるエリアという歴史的背景を持っている。
ということらしい。

東京(江戸)は城郭都市ではないので、城壁が存在しない。城壁がないから門らしい門もなく、「江戸の玄関口」と言われてもイマイチピンとこない。しかし、江戸時代、高輪大木戸というゲートがここに存在し、今もその遺構が残っている。これが「ゲートウェイ」のゲートというわけだ。というわけで行ってみた。

こちらが品川方面から見た高輪大木戸跡。かつては東海道を挟んで両側にこの土手のようなものがあり、その間に木戸があったらしい。「高輪ゲートウェイ駅」のおかげか、写真を取る人がけっこう来ていた。
高輪大木戸(品川方面から見た全景)
もう少し寄ってみる。
高輪大木戸(品川方面から)
横から見たところ。
高輪大木戸(横)
田町方面から見たところ。
高輪大木戸(田町方面から)
歌川広重(安藤広重)の錦絵にも描かれている。
広重高輪大木戸
上の絵はずいぶん石垣が小さく描かれているが、実際の大きさは次の絵の方が近い。こちらも広重による。
広重高輪大木戸2
広重の絵には、肝心の木戸が描かれていない。現地にあった解説によると、江戸時代後期にはすでに廃止されていたとのことなので、広重の時代には木戸が無かったのだろう。

ここは、現在オフィスビルが立ち並んでいる殺風景な場所だが、江戸時代の絵を見ると、商店だか宿屋だかが軒を連ねていて、なかなか賑わっていたようだ。新駅による再開発で、江戸時代の賑わいを取り戻そうという目論見らしい。

だったら「高輪大木戸駅」でよさそうなものだが、それではイマイチ目立たないので、「高輪ゲートウェイ」にしたということだろう。Change.orgの反対署名(「高輪ゲートウェイ」という駅名を撤回してください:Change.org参照)が四万人を超えているので、目立つことには成功したと言えるだろう。

悪目立ちだけど。
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現在誰もいない祖母の家に、カポックの木がある。すさまじい生命力で、小さな鉢植えで、全く手入れしていない(水すらあげていない)のに、びゅんびゅん伸びる。特に夏場はあっという間に伸びてしまう。

2014年の段階では、このぐらいの大きさだったのだが・・・(Googleストリートビューによる)。
2014年6月のカポツク
現在ではこんなになっている。これでも今年の春までは定期的に刈っていたのだが・・・。これが小さな一個の鉢から出ているなんて驚異的だ。二・三年放って置いたら、家が飲まれるんじゃないだろうか。
現在のカポック
こんなになる前になんとかしたかったのだが、今年は10月いっぱいまで家を人に貸していたので、刈ることができなかった。今日なんとか刈ることができた。
刈り込んだカポック
柔らかい木なので、強力なハサミとノコギリでさくさく切れて気持ちいい。ごらんの通り、だいぶさっぱりした。

ちなみに植木鉢はこんな感じ。もう何が何やら。
植木鉢
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