2019年01月

本当はいろいろ書きたいこともあったのだが、今月の記事は新年の挨拶と、やたがらすナビの振り返り記事だけになってしまった。

最近、どうも文章を書くのが遅くなってきた。やたがらすナビの振り返り記事なんて、たいしたことが起きていないしから、すぐに書けそうなものだけど、なんだか書いては消し、書いては消しを繰り返して、時間がかかってしまった。

ノーミソの動きが悪いことが原因なのは間違いないが、もう一つ、なるべく批判的なことを書かないように気を使っているのも理由である。

思ったことをそのまま書くと、どうしても批判的なことを書いてしまう。読み直して、そこを削除したり書き換えたりする。すると今度は文章の流れがおかしくなるから、また大幅に書き換える。そんなこんなを繰り返して時間がかかってしまうのだ。

以前は批判的なことも平気で書いていた。今でも批判的なことを書くのが悪いことだとは全く思っていないし、むしろ本当に批判すべきことはしなくちゃいけないと思っている。

しかし、最近Twitterなんかを読んでいて、どうにも批判的な内容がダサく感じてきた。「ダサく感じる」というのも曖昧だが、Twitterに書かれた批判的な文章を読むと、わざわざブログで長い文章を書いているのに、僕が書くこともないと思うのである。

Twitterは字数の制限があるから、回りくどいことは書けない。短くストレートな文章になりやすい。そこがTwitterのいい所なのだが、一方で批判的な内容はどうしても殺伐としたものになる。

ブログは字数の制限がないのだから、せめて殺伐とした批判にはならないようにしたい。僕はもともと口が悪いので、これがなかなか難しい。
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やたがらすナビ15週年(2004年〜2010年)
やたがらすナビ15週年(2010年〜2014年)
やたがらすナビ15週年(2014年〜現在)
のつづき。

三回に渡ってやたがらすナビの足跡をたどってきたわけだが、どうにも書きたいことを書こうとすると冗長になるし、削除するとやたらとシンプルになってしまう。まあ、その程度のことで、たいした波乱がなかったから15年も続いたのだろう。今日はこれからのことを書いてみたいと思う。

僕がこのサイトでやりたいことはいろいろあるが、だいそれたことを言わせてもらうと、古典文学を解放したいと思っている。開放ではなく解放、ここ重要。そのために、これからも電子テキストに注力していこうと思う。

人が古典文学へ興味を持つきっかけはたくさんある。授業・入試・小説・漫画・演劇・映画・ゲーム・・・それらで興味を持った人を、現状は取りこぼしていると僕は考えている。

最近経験した自分の例を語ろう。最近、中国で制作された『水滸伝』のドラマを見た(『水滸伝』にハマっている:2018年11月04日参照)。これまで『水滸伝』にはあまり興味がなかったのだが、これがなかなか面白い。原作を読んでみたくなり、電子書籍で駒田信二訳の『水滸伝』を買った。読んでみたらドラマ以上に面白い。しかし、いくつか疑問がわいたので、今度は原文が読んでみたくなった。中国のサイトを探せば、『水滸伝』の原文などゴロゴロしているから、僕はすぐに疑問を解くことができた。

疑問の一つは、39回で戴宗が梁山泊の経営する居酒屋で食べる料理である。ドラマでは「麻婆豆腐」と訳されていたのが、駒田訳では「胡麻と辛子をいれていためた豆腐」となっていて、やたらと長ったらしい。原作ではどうなっているのだろうと思った。

正解は「麻辣豆腐」。戴宗は精進料理として注文したのだが、たしかに中国の麻辣豆腐に肉は入っていない(と思う)。とはいえ、ほぼ同じものなので、訳は「麻婆豆腐」でよいだろう。駒田訳の時代は、まだ麻婆豆腐が知られていなかったので「胡麻と辛子をいれていためた豆腐」などという説明的な訳になったらしい。ついでに言うと、駒田訳では、「○○湯(○○スープ)」を「○○のお吸い物」と訳していて、なかなか味わい深い。

話を戻す。ここまで僕は『水滸伝』のために一度も家を出ていない。家にいながらにして、ドラマから和訳を経由して、中国のサーバーに入っている原文までたどりついたのである。もし、原文を読むために、大学図書館へいかなきゃならないとか、東方書店だの内山書店で買わなきゃならないのだったら、僕はそこまでして調べようとは思わなかっただろうし、原文を読んでみたいとも思わなかっただろう。

今はまずはネットで調べる時代である。すでに近代文学は青空文庫で読める。古典文学は図書館に行け、本屋に行けというのでは、興味を持った人の半数以上を失うことになるだろう。何らかのきっかけで古典文学に興味を持った人を、確実に取り込まなければならない。

そのためには、本屋や研究室から古典文学を解放しなければならない。世界中のどこでもだれでも、ネットに繋がったコンピューターさえあれば読める。そんなのは今では当たり前のことが、日本の古典文学では当たり前のことがほとんどできていないのが現状なのだ。

そのうちAIが本文を作ってくれる時代が来るとのんきに構えている場合ではない。そんな日は来ないか(AIが古典籍を翻刻する日は来るか:2018年07月07日参照)、来たとしても恐ろしく先の話だ。僕が一人でできることは本当に少ないけれども、とにかく地道に続けていくほかないと今は考えている。

やたがらすナビ15週年(2004年〜2010年)
やたがらすナビ15週年(2010年〜2014年)
のつづき。

このころ、HTMLをエディタで打って、FTPでアップロードするのは、もはや時代遅れになっていた。りぞうむ文学辞典でWikiには馴染みがあったので、サイト全体をWiki化することにした。

レンタルサーバーがmysqlを使えないコースなので、Wikiエンジンの候補はPukiWiki・MoinMoinWiki・DokuWikiの3つに絞られた。りぞうむ文学辞典で使っているPukiWikiにするのが一番簡単だったが、ながらくメンテナンスされていないので将来が不安だ。MoinMoinWikiは欧米では人気のようだが、日本ではあまり使われておらず、参考にすべき日本語のドキュメントが少ない。ということで、メンテナンスも盛んで比較的日本語のドキュメントが多いDokuWikiにした。

やたがらすナビを大改修した:2014年03月25日

問題は内容である。これまで、やたがらすナビは、「古典文学ポータルサイト」と銘打っていた。ポータルサイトとはportal、入り口になるサイトという意味で、古典文学情報の入り口になるサイトを目指した。ところが、GoogleやSNSが進化するにつれて、だんだんポータルサイトの存在意義が薄くなってきた。

そこで、ポータルサイトの看板は下ろして、これからは自前の電子テキストを主体にすることにした。これは最初期からの目標だったのだが、やたらと手間がかかるのと、著作権問題がややこしいので、なかなか手を付けられなかった。

古典文学で著作権というと、ちょっと不思議な感じがするかもしれない。日本の古典文学は、句読点やカギ括弧、濁点等がなく、漢字も仮名遣いも統一されていなかったので、手を加えないと読みやすいものにはならない。そこに著作権が発生する。詳しくは、以前書いた以下の記事をご覧いただきたい。

古典文学の著作権(その1):2006年08月02日
古典文学の著作権(その2):2006年08月03日

原本を自分で翻刻し校訂すれば、読みやすくなり著作権もコントロールできる。しかし、僕のようなどこの馬の骨か分からないような人間が校訂した本文は信頼されない。そこで、翻刻と校訂本文の両方を掲載し、そこからすぐに底本に当たれるようにした。

こうして始めたのが、やたナビTEXTである。誰も突っ込んでくれないが、タイトルはリクナビNEXT(転職情報サイト)のパロディになっている。

この中で一番古いのは大福光寺本『方丈記』(2012年3月)である。これは東日本大震災の一年後、震災を記念して作った。このときは継続して電子テキストを載せるつもりはなかったので、現在とは形式が違う。

Dokuwiki化して最初にUPしたのは、陽明文庫本『宇治拾遺物語』(2014年4月23)である。一から入力したのではなく、僕が二十代のとき自分用に作ったもので、あらためて見ると誤りも多く、現在とは形式が違うので、鋭意更新中である。

収録される作品は、ネット上にないものを中心に選定している。今のところ中世説話集が多いのは、僕の専門であることと、ネット上のテキストとして説話が相性がいいからである。

やたがらすナビ15週年(これから)へつづく。

やたがらすナビ15週年(2004年〜2010年)のつづき。

久しぶりの中国自転車旅行で、灼熱の福建省から帰ってきたら、二月後のサーバー停止が宣告されていた。僕は三つの選択肢を考えた。

やたがらすナビ存続の危機:2010年09月07日
1.このまま消滅させる(ブログと掲示板は残す)
このままのやり方で続けていっても、先がないような気がする。
後進に道を譲って、サイト自体を終了するのも一つの方法かもしれない。

2.他の無料レンタルサーバーに引っ越し。
引っ越し自体にそれほど面倒はない。
だが、現状では引っ越しても結局IS-Webと同じようにサービス自体やめてしまう可能性が高いんじゃないだろうか。

3.Wikiなどに形態を変えて存続。
無料のWikiなんかを使って形態を変えるのもナウイ選択だが、引っ越しにはかなり手間がかかる。

3つ挙げたが、実は1の「このまま消滅させる」に傾いていた。まず移転の作業をする時間がない。夏休み前だったらまだよかったのだが、夏休みはちょうど終わったところだ。そして何より、「もう続けても意味がないんじゃないか」という思いが強かった。

リンク集を作るのはそれほど難しくないが、維持するのに手間がかかる。リンク切れを放置してしまうと、信頼性の低いリンク集になってしまう。個人サイトは閉鎖する傾向にあったし、Googleも進化していたから、リンク集の時代はもう終わりに近い。情報発信は笠間書院ブログ(現在の文学通信)が充実していて、僕なんかがかなうべくもない。

とはいえ、6年も続けたものを全部消してしまうのも惜しい。とりあえず、有料サーバーを借りて、Googleとアマゾンのアフィリエイトで費用をまかなうことにした。アフィリエイトというと、やたらと威勢のいい話が聞こえてくるが、移転前のアクセス数をみれば実際はそんなもんじゃないのは分かっていた。

レンタルサーバーはテキストが主体でさっぱり容量を食わないので月100円の激安コースで済む。これは現在も同じである。この機会に独自ドメイン(yatanavi.org)を取得したので、ドメイン管理料が月80円程度(当時。現在は140円程度)。合計で、月に180円以上稼がなければならない。

今考えると、おそろしく低いハードルだったが、やってみないことには、ハードルが高いのか低いのかすら分からない。しばらく続けてみたが、月200円を割り込むことはなかったので、そのままダラダラと続けることにした。

たった月180円なのにケチくさいと思われるかもしれない。僕はワーキングプアといっても、その程度はたいしたことではない。しかし、僕はこのサイトに1円たりとも出すつもりはなかった。手を動かす人(つまり僕)が金まで出せば、いずれはバカバカしくなって続けられなくなるだろうと思ったからだ。

有料サーバーにすると、できることの自由度が増える。これまではperlしか使えなかったのが、PHPが使えるようになった。そこで、サイト移転と同時にYukiWikiから当時流行っていたPukiWikiにした。PukiWikiはYukiWiki由来なので移行はむずかしくなかった。

PHPのスクリプトはあちこちにあったので、ちょうどいいブックマークスクリプトを見付けてきて、2010年11月から古典文学電子テキスト検索、2011年8月から和漢籍研究ツール・DB検索を始めた。これでリンク集を進化させることができた。

こうして、無事サーバー移行しyatanavi.orgというドメインを取ったのだが、もう一つの課題が残った。ポータルサイトからの脱却である。

やたがらすナビ15週年(2014年〜現在)へつづく。

正月、著作権表示を更新して気がついた。やたがらすナビは今年で15周年らしい。気付かなければ何でもないが、気づいてしまったので、ちょっと過去を振り返ってみたい。

2004年の3月、やたがらすナビはスタートした。infoseekの無料レンタルサーバーIS-Webを借りて、まず国文学と中国文学のリンク集を作った。リンク集で扱うのが国文学と中国文学だったのは、運営に協力してくれたのが、2chの古文・漢文板にいた人たちだったからである。

そのころのトップページはこんな感じ。

2004年7月のアーカイブ:Wayback Machine

最初のコンテンツは、リンク集と2ch形式の掲示板(スレッドフロート型という)だけ。その後、すぐにWikiを導入した。WikiとはWikipediaのことではなく、誰でも書き込み、修正ができるサイトのことである。それでりぞうむ文学辞典を作った。掲示板はMegaBBSスクリプト、WikiはYukiWikiである。

「やたがらすナビ」という名前とデザインは僕が考えた。名前は反対されるだろうと思って、あえてヘンな名前にしたのだが、誰も文句は言わなかった。とはいえ、何も考えていなかったわけではない。

八咫烏は神武天皇を導いた三本足のカラスだが、古代中国では三本足のカラスが太陽に住むと考えられた。両者が無関係なはずはない。そして、三本足のカラスは神武天皇の道案内(navigation)をしたのだから、「ナビ」。古典文学の道案内になるようなサイトという意味である。

色は、あまり古典臭がしない感じにしたかった。国文学と中国学だから、どちらに偏ってもいけない。僕がレゲエ好きなので、ラスタカラー(緑・黄・赤)をヒントにした。

そのころ、僕はこう考えていた。大学を出ると、専門の情報に触れる機会が少なくなる。例えば、学会がいつどこで開催され、どんな発表があるとか、どんな展覧会があるとか、どんな本がでるかとか、何が発見されたとか、誰が死んだとか・・・。誰か一人がその膨大な情報をまとめるのは難しいが、みんなで持ち寄れば簡単に集まるはずだ。そういう場を作れば、コミュニティができるのではないか。SNSの時代ではなかったから、掲示板やWikiを使って、そういうサイトを作ろうと思ったのである。

ところが、そううまくはいかなかった。コニュニティはできるどころか、掲示板もWikiもほとんど僕しか書かない。半年ぐらいで、協力してくれた2ちゃんねらーは誰もいなくなった。そのころ(2005年5月)、コンテンツを増やすために、このブログを始めた。

そのあとも、だらだらと更新していたのだが、開始から6年後の2010年夏、久しぶりの中国自転車旅行から帰ってみると、とんでもないことが起きていた。無料レンタルサーバーのIS-Webが終了するというのだ。

当時すでに個人サイトの時代は終わりつつあり、無料レンタルサーバーの終了が始まっていた。だから、終了自体は予想していたが、なんと告知からわずか2ヶ月で停止するという。それ以来、僕は楽天(IS-Webの運営元)のサービスは絶対に使わないことに決めた。もちろん今でも使っていない。

やたがらすナビ15週年(2010年〜2014年)へつづく。

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
今年は、こんな感じで走っていければいいなあと思っています。
亥
なお、ボツにしたイノシシは、年賀状の素材あげます:2018年12月26日にあります。
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