2019年02月

城前寺(宗我神社と城前寺参照)を出ると、妻が「こっちの方に・・・」といって、来た方と逆の方角へ行こうとする。ついていってみると、なにやら殺風景な空き地があった。
大雄山荘跡
大雄山荘跡の前の道
「何ここ?」
「太田静子さんが住んでた所だよ」

太田静子は太宰治の愛人で、作家太田治子の母親である。このあたり、昔は別荘地で、大雄山荘という印刷会社社長の別荘があり、そこに太田静子と母親が疎開してきた。『斜陽』のかず子と母親の住んでいたのは、ここがモデルになっている。

『斜陽』では次のように書かれている。
私たちが、東京の西片町のお家を捨て、伊豆のこの、ちょっと支那ふうの山荘に引越して来たのは、日本が無条件降伏をしたとしの、十二月のはじめであった。

設定は伊豆に変えられているが、実際「支那ふうの山荘」だったらしい。ここには2009年3月まで空き家として存在したが、放火とみられる火事で焼失してしまった。

太宰は、斜陽の元ネタになった静子の日記(いわゆる斜陽日記)を借りるため、1947年2月21日から24日まで来訪したという。僕が行ったのが22日だから、やはり梅の盛りだったはずだ。あらためて『斜陽』を読んでみると、たしかに梅がよく出てくる。
二月には梅が咲き、この部落全体が梅の花で埋まった。そうして三月になっても、風のないおだやかな日が多かったので、満開の梅は少しも衰えず、三月の末まで美しく咲きつづけた。朝も昼も、夕方も、夜も、梅の花は、溜息ためいきの出るほど美しかった。そうしてお縁側の硝子戸をあけると、いつでも花の匂においがお部屋にすっと流れて来た。三月の終りには、夕方になると、きっと風が出て、私が夕暮の食堂でお茶碗を並べていると、窓から梅の花びらが吹き込んで来て、お茶碗の中にはいって濡ぬれた。

そんな話をしていたら、地域住民のおばちゃん登場。

「ここ、知ってる?昔、太宰治の愛人が・・・」

知らなきゃ写真なんか撮っていないが、分かっていて話しかけてきたのだろう。いろいろ話を聞いて、おばちゃんは去っていったが、その直後、今度は地域住民のオッサン登場。

「ここ、知ってる?昔、太宰治のいい人が・・・」

「愛人」が「いい人」に変わっただけで、登場のしかたが全く同じである。

オッサンの話によると、ここが焼けたのはクリスマスの夜だったそうだ。何しろ、道が狭いので大騒ぎになったらしい。2009年は旧吉田茂邸(大磯)・旧住友家別邸(横浜市戸塚区)など歴史的建造物が焼失したので、これも同じ放火犯ではないかと噂されたそうだ。あとは、子供の頃、勝手に忍び込んで池の金魚を釣ったとか、どうでもいい話を聞いた。

下曽我には太宰と交流のあった尾崎一雄が住んでいた。尾崎家は宗我神社の神官の家柄だったので、大鳥居のわきに文学碑が建っている。
尾崎一雄碑

最後は何の意味もなく僕が流鏑馬場でたそがれている写真でおしまい。
流鏑馬場
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さて、そんなわけで曽我の梅林に行ってきた(曽我梅林に行ってきた 付、壁紙参照)のだが、曽我は曽我物語でおなじみの曾我兄弟ゆかりの地でもある。

こちらは宗我神社。曽我郷の鎮守。
宗我神社
本殿の前に鏡があったので、狛犬を入れて撮ってみた。
宗我神社の鏡
山の方に城前寺というお寺がある。ここは曾我兄弟ゆかりの寺だという。
城前寺
本堂の裏に曾我兄弟の墓がある。右が養父曾我祐信と実母満江御前の墓で、左が曾我兄弟の墓。といっても、曾我兄弟の墓は全国いたる所にあって、これはその一つに過ぎない。
曽我兄弟の墓
墓の近くに、曾我兄弟がいたので、工藤祐経暗殺をそそのかしておいた。
曽我兄弟に暗殺を唆してみた
十郎(兄貴)が日和りがちなので、喝を入れた。ちなみにこの壁の向こうは保育園で、子どもたちの元気な声が聞こえていた。
曽我兄弟に喝を入れた
このお寺、道の真ん中に阿弥陀像がある。夜見たらビビるな。
城前寺の阿弥陀如来
阿弥陀像
この阿弥陀像は1736年、到誉玄達和尚が亡父の33回忌に造ったもの。亡父とは四十七士の一人、吉田忠左衛門兼亮である。仇討ちつながりだろうか。

曾我物(曾我兄弟の仇討ちを題材にした能・歌舞伎・浄瑠璃など)は現代ではいまいちマイナーだが、戦前までは誰でも知っている物語だった。曾我兄弟の墓が全国にあるのは、そのためである。戦争が終わって、GHQが仇討ち物全般を禁止。その後、どういわけか忠臣蔵だけは復活したが、曾我物は復活できなかったのだと、その昔、梶原正昭先生から聞いた。

さて、この寺の先に、近代文学の遺構として重要な場所がある。それはまた明日。
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年をとるにつれて、だんだん桜より梅の方が好きになってきた。好文木というだけあって、桜ほどバカっぽくない。もっともバカなのは桜ではなくて、バカ騒ぎする人間の方なので、これはちょっと桜に気の毒だ。

それ以上に往生際の悪さがいい。桜はパッと咲いてパツと散ってしまうが、梅はショボくれて、こ汚くなりながらも枝にしがみついている。みっともないけど、それがいい。

というわけで、天気もいいので曽我梅林に行ってきた。曽我梅林には別所会場・中河原会場と二つの会場があるが、行ってたのは別所会場の方。
別所梅林
別所梅林2
種類によってはまだ8分咲きのものもあったが、ほぼ満開だった。

ちょっと変わった梅もある。
垂れ梅
曽我は会場になった梅林だけではなく、そのへんの道端にもたくさん梅林がある。これがなかなかいい感じ。
道端の梅
民家にも梅を植えている家が多い。どこに行っても梅だらけだが、一箇所だけロウバイ(蝋梅)があった。梅ばかりの中に黄色い花はなかなか目立つ。
ロウバイ
ひさしぶりに壁紙にしてみたのでご笑納ください。
白梅1(1366x768)
白梅1(1366x768)
白梅1(1920x1080)
白梅2(1366x768)
白梅2(1366x768)
白梅2(1920x1080)
紅梅1(1366x768)
紅梅1(1366x768)
紅梅1(1920x1080)
紅梅2(1366x768)
紅梅2(1366x768)
紅梅2(1920x1080)
実は最後のだけ曽我の梅林ではなく、勤務先の学校の近くで撮影した。

さて、曽我といえば古典文学的には曾我物語だが、ちゃんと行ってきたので、それはまた明日にでも。
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TwitterだのFacebookだののSNSにURLを貼り付けたとき、URLだけが出るサイトと、ちょっとした画像と概要が出てくるサイトがある。

やたがらすナビはURLだけが出るサイトだった。やっぱりURLだけだとマイナー感にあふれてしまうし、リンク先を見ることを躊躇する人もいるだろう。
マイナー
常々これをどうにかしたいと思っていたのだが、調べてみたらヘッダーにちょこっとメタタグを書き込めばいいということが分かった。最初は直接書き込もうと思ったが、Dokuwikiの場合、socialcards pluginというプラグインを使えば簡単に設定できるらしい。

というわけで、やってみた。
メジャー化後
アイコンはやっつけ仕事だが、意外といい感じだ。やっぱり、これがあるとないとでは、メジャー感が違う。

というわけで、いい感じの見た目になったので、バンバン貼り付けてください。なぜかFacebookでは画像がでないけど。
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安倍首相が党大会で「悪夢のような民主党政権」:Nftyニュース-日刊スポーツ
安倍晋三首相は10日、都内のホテルで開かれた自民党大会で演説し、春の統一地方選と夏の参院選が重なる「亥(い)年」選挙を前に、前回の亥年選挙で参院選に敗北した経緯に触れ、「(その後)あの悪夢のような民主党政権が誕生した。あの時代に戻すわけにはいかない」と、強い口調で呼びかけた。

政権交代から6年も経っているのに、まだ前政権をクサすというのはダサいにもほどがあるが、現政権の業績をアピールするより前政権をクサしたほうが支持されるのだからしょうがない。しかし、民主党政権はそんなに悪夢だっただろうか。

個人的には、いくつか疑問に思うことはあったが、悪夢というほどのことはなかったように思える。しかし、政治というものは立場によって見え方が違う。

民主党政権はリーマンショック後に誕生した。日本の株価は、ライブドアショックからどんどん低迷し、リーマンショックでとどめを刺された。政権交代の要因はいろいろな要素が複合した結果だが、僕はリーマンショックという要因は大きかったと思っている。

では、民主党政権時代はどうだったか。株価のチャートを見てみよう。
Chart
赤が日本(日経225)、青がニューヨーク(ダウ平均株価)、黄色が香港(ハンセン指数)である。薄い青で表示してある部分が、民主党政権時代で、その直前のドカンと下げているのがリーマンショックだ。

これを見ると分かるように、リーマンショックで仲良くドカっと下げた株価は、無関係だった香港はもちろん、震源地のニューヨークもすぐに回復している。ところが、日本の株価は民主党政権が終わるまで、さっぱり回復していないばかりか、東日本大震災以降はさらに下がっていった。近年の株価は世界中で連動するものだが、民主党政権時代には日本だけ連動していなかったのである。

これは投資家にとっては、安倍首相の言う通り悪夢としかいいようがない。そのころ、あまりに日本株が儲からないから、FXや外国株へ移っていった投資家が多かったのを覚えている。

これが安倍政権以後、連動を取り戻していった。もちろんドーピングによるものだが、なんだかんだ言っても、アベノミクスの成果であるのは認めざるをえない。

ここで僕は民主党政権の株価対策が悪かった(悪かったとは思うが)とか、アベノミクスがよかったというつもりはない。大事なことは、「あの悪夢のような民主党政権」という言葉は、一見バカバカしい前政権disだが、聞く人によってはリアルに聞こえてくるということである。

その「聞く人」は、日本株に投資している人や証券会社だけではない。上場企業の経営者は、株価が上げられなければ株主に責任を問われる。それ以前に、株式市場は企業の資金調達の場だから、株価が低迷すれば商売がうまくいかなくなる。「あの悪夢のような民主党政権」という言葉がリアルに聞こえてくる人は、民主党政権が悪夢でなかった人が思っている以上に多いのである。
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今日Upした『沙石集』巻7第6話「嫉妬の心無き人の事」は、嫉妬をテーマにした短い12の説話が詰め合わせになっている。テーマがテーマだけに、なかなか面白い説話が多く、おなじみの長くて難解な説教もない。

その中でも、一番面白かったのが、この説話。
遠江国、池田のほとりに、庄官ありけり。かの妻、きはめたる嫉妬心の者にて、男をとりつめて、あからさまにもさし出ださず。所の地頭代、鎌倉より上りて、池田の宿にて遊びけるに、見参のため、宿へ行かんとするを、例の許さず。「地頭代、知音なりければ、いかが見参せざらん。許せ」と言ふに、「さらば、符(しるし)を付けん」と、隠れたる所に摺粉(すりこ)を塗りてけり。

さて、宿へ行きぬ。地頭、みな子細知りて、「いみじく女房に許されておはしたり。遊女呼びて遊び給へ」と言ふに、「人にも似ぬ者にて、むつかしく候ふ。しかも、符付けられて候ふ」と言うて、「しかじか」と語りければ、「冠者ばらに見せて、もとのごとく塗るべし」とて、遊びて後、もとのやうにたがへず摺粉を塗りて、家へ帰りぬ。

妻、「いでいで、見ん」とて、摺粉をこそげて、舐めてみて、「さればこそしてけり。わが摺粉には塩を加へたるに、これは塩がなき」とて、引き伏せて縛りけり。心深さ、あまりにうとましく思えて、やがてうち捨てて、鎌倉へ下りにけり。近きことなり。
池田の庄官(荘官・荘園の管理人)の妻は嫉妬深い女で、庄官一人では外にも出さないほどだった。地頭代が池田に来た時、宿で面会しようとしたが、例によって妻は許可しない。なんとか交渉して、「隠れたる所」≒イチモツに粉を塗ることにより許可がでた。万一浮気したら、粉が落ちるという寸法である。

地頭代は庄官の妻が嫉妬深いことを知っていたから、「よくお許しが出ましたな。では、遊女を呼んでお遊びください」と言った。庄官が「イチモツに粉を塗られていてできない」と言うと、「塗り直せばいいでしょう」と言った。

遊女と遊んで粉を塗りつけてから家に帰ると、さっそくイチモツ検査が始まった。庄官の妻は粉を削り取って舐めると、「私が付けた粉には塩が入っていたのに、これには入ってない!」と言って、庄官を押し倒し縛ってしまった。その後、嫉妬深い妻が嫌になった庄官は、妻を捨てて鎌倉へ下った。

それにしても、塗り直しを予想して粉に塩を入れるとは、なかなかすごいアイディアである。妻が粉を舐めはじめたときの庄官の顔はどんなだっただろう。束縛する女(男)というのは、現代でもよく聞く話だが、鎌倉時代にも強烈なのがいたようだ。

さて、やたナビTEXTの『沙石集』の底本には京都大学図書館蔵元和二年刊古活字本を使っている。岩波文庫『沙石集』(筑土鈴寛校訂)の底本が系統的に近い貞享三年版本なので、本文を作成する際これを参考にしているのだが、ちょっと不思議な記述を見付けた。
岩波文庫沙石集の伏せ字
赤く○を付けた所を見てほしい。同じページに三ヶ所、―――になっているところがある。初めの二つが上で紹介した説話で、最後の一つがさきほどの説話とは逆に、嫉妬深い男が女に印を付ける話である。

岩波文庫の『沙石集』は冒頭から全て読んでいるが、今のところこんな記述はなかった。元和二年本ではちゃんと本文が入っているので、貞享三年版本で―――になっているとも考えにくい(後で確認したところちゃんと入ってました)。これは伏せ字と考えるほかない。

ここに入る言葉は、最初が「隠れたる所に」、次が「こそげて、舐めてみて」、最後が最初と同じ「隠れたる所に」である。こうして並べてみると、たしかになにやら淫靡な感じがするが、わざわざ伏せ字にするほどのものでもないように思える。

「隠れたる所に」は陰部周辺を指すが、無住もちゃんと気を使って遠回しに書いている。「こそげて、舐めてみて」にいたっては、「こそげて」という以上、削り取って舐めたのだから、何もイヤらしいことではない。

岩波文庫『沙石集』(下)の初版は1943年11月なので戦時中である(僕のは1988年4月の2刷)。あるいは検閲を意識したのだろうか。それにしても、ちょっと考えすぎのような気がする。
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