2021年02月

今月、一年がかりで入力してきた『古今著聞集』のテキストを終わらせることができた。一年がかりとはいうものの、コロナの影響で思いのほか早く完了した。

宮内庁書陵部本『古今著聞集』:やたナビTEXT

今昔物語集』・『宇治拾遺物語』・『十訓抄』・『古今著聞集』をそろえることは、やたナビTEXTを初めた時からの悲願だった。だから、とりあえず完成したことは嬉しいのだが、その反動でちょっとした古今著聞集ロスみたいになってしまっている。

もちろん、まだまだ続けるつもりではいるが、なんとなく次に手が付けられない。かといって、たまっている他の仕事にもなかなか乗り気にならない状況だ。

『古今著聞集』があまりに長かったので、次は短いのをいくつかやって、作品数を増やしたいと思っている。やたナビTEXTも20作品をこえてかなり充実してきたが、やはり作品数をもっと増したい。ある所で小野篁の話を書くつもりなので(論文じゃないよ)、とりあえず『篁物語』をやろうかと思っている。

あしたから3月である。例年3月は卒論だの入試だ定期考査だのが全て終わってしまうので、アクセス数が激減する。どうしてもテンションが低くなってしまうのだが、そのへんはご容赦ください。
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先日、埼玉に住んでいる父を病院に連れて行った。家から少し離れているのでちょっと早めに出たら、40分ほど早く病院に着いてしまった。コロナ下で抗体検査が終わるまでは病院の中に入れてもらえない。検査は時間どおり行われるので、ひたすら玄関で待つことになった。いい天気だったので、父と母を置いてちょっと散歩に行くことにした。初めて行く病院だったのだが、すぐ近くにちょっと気になる場所があったのだ。

少年時代、僕はボーイスカウトに入っていた。ボーイスカウトではいろいろな活動をしたが、印象に残っているのは何といってもキャンプである。夏休みなどは遠い所にも行ったが、それよりも自宅から自転車で30分ぐらい行ったところにある雑木林でのキャンプが忘れられない。

なにしろキャンプ場ではなく、単なる雑木林だからトイレなんかない。穴を掘って適当にシートでまわりを囲う青空トイレだ。炊事用の水は近所の工場みたいなところから分けてもらい、そのへんに落ちている木をひろって焚付けにしてメシを作っていた。

夜になると、どこまでも続く真っ暗闇である。どこからともなく犬がギャンギャンと鳴く声が聞こえてくる。野犬だという話だった。もし、夜中にトイレに行かなきゃならなくなったら、懐中電灯一つで闇の中を歩かなければならないのがたまらなく怖かった。

以前からもう一度行きたいと思っていたのだが、なにしろ40年も前のことだから、具体的な場所をよく覚えていない。そもそも、まだ存在するのかも怪しい。今回、病院に行くにあたってgoogle mapで場所を調べたら、この病院の近くによく似た林があるのに気付いたのである。

林は交通の激しい県道に面していて、奥に続く一筋の道がある。県道からちょっと奥に入ってしまうと、不思議なことに県道を走る車の音はほとんど聞こえなくなる。
雑木林の道
この道に入ったときは半信半疑だったのだが、ちょっと開けた場所まで来ると確信がもてた。間違いなく、昔キャンプをした場所だ。水をもらった場所もすぐ近くにあった。
雑木林
天気はいいし風もない。なんといっても、こんな素敵な場所なのに僕以外に誰もいないのがいい。あのころもそうだった。ここでキャンプしていても見ず知らずの人に会ったことがない。青空トイレで警戒しなきゃいけないのは一緒に行った友達だけである。

記憶ではもう少し針葉樹があったと思っていたのだが、あるのは葉の散った広葉樹ばかり。この季節、落ち葉が溜まっていて、歩いていてとても気持ちがいい。
枯れ葉
まさに国木田独歩『武蔵野』の世界である。
昔の武蔵野は萱原のはてなき光景をもって絶類の美を鳴らしていたようにいい伝えてあるが、今の武蔵野は林である。林はじつに今の武蔵野の特色といってもよい。すなわち木はおもに楢の類で冬はことごとく落葉し、春は滴るばかりの新緑萌え出ずるその変化が秩父嶺以東十数里の野いっせいに行なわれて、春夏秋冬を通じ霞に雨に月に風に霧に時雨に雪に、緑蔭に紅葉に、さまざまの光景を呈するその妙はちょっと西国地方また東北の者には解しかねるのである。元来日本人はこれまで楢の類いの落葉林の美をあまり知らなかったようである。
先ほど犬が吠えていたと書いたが、ここへ来て野犬ではなかったことが判明した。しばらく林の奥へ行くと・・・
ドッグラン
なにやら遊具みたいなものがある。これはどうみても人間用ではない。地図を確認してみると、林の中に警察犬の訓練所があった。夜、犬が吠えている記憶しかなかったが、今来てみると昼間でもギャンギャン吠えている。ここで四十年来のナゾがとけた。

それにしても、こんなところでキャンプしていたとは贅沢な話だ。大人になって僕はインドア派になるのだが、30歳過ぎてお遍路だの熊野古道だの、突然アウトドア派に転向したのはここでキャンプした経験があるからに違いない。そう考えると、ここは僕にとって原点の一つである。

しばらく散歩して病院に戻ると、駐車場にとめてある車の中で抗体検査が始まった。結果は三人とも陰性。めでたしめでたし。
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『古今著聞集』の電子テキストを公開しました。いつもどおり、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

宮内庁書陵部本『古今著聞集』


トップページに2015年1月10日入力開始となっていますが、漢文があったり宣命書きがあったりで面倒くさくなり、すぐに挫折してほっぽってあったのを再開したのが去年の1月19日です(『古今著聞集』リスタートしました:2020年01月19日参照)。『『今昔物語集』に次ぐ大きな説話集ですから二年はかかると予想していましたが、コロナによる長い休みのおかげで一年ちょいで終わることができました。

今回は誤写と判読に悩まされました。底本の宮内庁書陵部本は日本古典文学大系(岩波書店)の底本でもあるのですが、とても誤写が多く、その上文字の判読が難しいものが多かったのです。判読の難しさには大系の校注者(永積安明・島田勇雄)も苦労したらしく、凡例に次のように書かれています。
底本の書写には、筆者の筆癖があり、「る・り・か」「と・に」「も・り」等の如く、そのいずれとも読みとれる曖昧な字体が少なくない、この種の場合には、同系統の学本・九本等の読み方を参照して決定したところがある。また、前後の文脈によって、筆者の意図を汲んで翻字したものもある。

大系の凡例にあるもの以外にも判読しにくいものがあります。
読みにくい字
右の行が「たゝいまうへふしして」で左が「きといひてしはらく」ですが、「ゝ」「し」「て」「ら」「く」が字形だけでは読み分けるのが不可能です。他の箇所では「\/(踊り字)」もこれに含まれます。もちろん文脈で読めますが、これに誤写が入るととたんに読むのが難しくなってきます。

文字そのものは丁寧に書かれているので、それほど読みにくくはありません。何人かで書いているように見えますが、この紛らわしい字の傾向は、最初から最後まで変わりません。

世俗説話集を代表する作品といえば、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』『十訓抄』『古今著聞集』あたりが挙げられますが、これでついに揃いました。これらの全文が全て入っている叢書は(たぶん)ありません。これだけでも十分価値があると自負しています。
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