2024年11月

今年は秋がなかった。11月に入ってもなんだか蒸し暑く、半ばごろから今度は急に寒くなった。一番いい季節は一体どこに行ったんだろう。

そんな中、今月は窓の結露に悩まされた。今年の3月以降、隙間風で通気性抜群の昭和の家から、高気密・高断熱の平成の家に移った。暖房を入れているわけでもないのに、外から帰ってくると温かい。さすがは平成の家である。

それはいいのだが、ちょっとびっくりするほど結露がすごい。昭和の家のときは、窓が結露するなんで、部屋で鍋物でもしたときぐらいだったのだが、今は普通に生活していて結露する。特に朝がひどい。最初は空気が乾燥してきたらなくなるだろうと高をくくっていたが、今のところ無くなる気配もない。

令和の家だったら樹脂サッシや二重ガラスなんかで、結露なんかおきないのかもしれない。惜しむらくは平成の家なので、樹脂サッシは皆無、二重ガラスは一箇所だけ。アルミサッシがキンキンに冷えるから二重ガラスでも結露してしまう。もちろん、他はもっとすごい。

今まで経験のないものだったから、結露したところで「何かはくるしかるべき」と思っていた。これがとんでもない間違いだった。

気がついたら、窓の近くにあった家具の後ろにびっしりと青カビが生えていた。気持ち悪いなんてもんじゃない。しかし、家具は窓のないところに移動させればいい。もっとずっとまずいものがある。

今度の家には和室が一間ある。和室の窓はサッシの内側に障子がはまっている構造になっていて、この障子にカビが生える。ちょっと見たところ、ブルーチーズみたいな青カビがちょっとだけ生えているように見えたが、外してよく見るとカマンベールみたいな白カビもわさわさ生えている。おそらく糊のせいだろう、組子といわれる格子状の部分だけに生えている。

もっとも、これでもまだ「何かはくるしかるべき」である。とりあえず拭けば落ちる。今どきの障子は樹脂製なので、よほどひどくなったら障子紙を貼り直して掃除すればきれいになるだろう。問題はサッシが取り付けてある窓枠だ。

他の部屋はプリント合板や樹脂製だが、この和室だけは白木が使われている。最初はこれが旅館みたいでカッコいいなと思っていたのだが、サッシと窓枠の間がすぐに湿ってしまい、あっという間にカビが生える。一部に入ったときから黒くなっていた場所があって、雨の日に窓を閉め忘れてたんだろうと思っていたが、これは間違いなく結露のせいだ。

白木だから何か貼ったり塗ったりするわけにもいかない。カビまみれなんてことになったら、退去時にいくら請求されるか分かったもんじゃない。とにかくこまめに拭くしかない。一応サッシの部分だけには結露防止テープを貼ってみたが、これが功を奏するかはしばらく使ってみないと分からない。

それにしても、冬にカビを気にしなきゃいけないとは考えもしなかったよ。
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墓石の銘を書いた(その1)
墓石の銘を書いた(その2)のつづき。

さて、材料は揃った。次はレイアウトである。施主代行(母)と石屋へ行って検討した結果、落款は削除、ユリの絵は左上に入れることになった。
墓石レイアウト
それから一月ほどたって、いよいよ墓石が完成した。書は深彫りで筆脈が再現されているか心配だったが、うまくでている。ユリは浅彫りで白い塗料を塗ってある。
墓石正面
ユリのアップ。縮小したので原稿よりもかなり簡略化されたが、元の絵の雰囲気は残っている。
ユリ
自分の書がこうして石に刻まれるというのは、言葉には出来ない不思議な感じがする。施主代行(母)も満足してくれた。施主(父)に写真を見せたら、「あーそうか」と言っていた。

この墓石がいつまで存在するかは分からないが、それもまた善哉、善哉。
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墓石の銘を書いた(その1)の続き。

というわけで施主代行(母)から、ユリの花の絵が届いた。
ユリ原画
覚悟はしていたが予想以上にコントラストが低くてぼんやりしている。墓石に彫るのだから、この絵を木版画みたいな感じにしなければならない。

まずは画像処理ソフトのGIMPを使って、輪郭を抽出してみた。
ユリ(GIMP処理)
もう少し白い部分をきれいにしたかったのだが、元の絵のコントラストが低すぎるからか、僕の腕がないからか、いろいろ試してもこれが限界だった。

右側がごちゃついているので、右上のつぼみだけをのこして削除。葉っぱや左の横を向いている花も削除したかったのだが、無いとちょっと寂しいので残すことにした。あとはひたすら輪郭をトレースし手で整える。もちろんペンタブなんか持っていないからマウスである。途中で施主代行に見せた。
ユリ(トレース中)
ここで施主代行の物言いが付いた。

右上のつぼみがユリらしくないからなんとかしてほしい

それは僕も感じていたのだが、ただでさえ僕が手をいれているのに、そこまで変えてしまうとほぼ僕の絵になってしまう。しかし、施主代行はそれでもいいから直せという。

つぼみを直し背景を黒くしてできた完成品がこちら。
ユリ(決定)
かなり単純化されたが、これでもまだ石に彫るには複雑すぎる。どのぐらい細かく彫れるのか分からないので、ここから先は石屋さんに任せることにした。

最初の絵をもらってからここまでくるのに3週間ぐらいかかってしまった。もちろんこればっかりやっていたわけではないが、元の絵を描く時間の十倍ぐらいは時間がかかっていると思う。

さて、次回はいよいよ墓石の完成です。
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自分の家の墓を建てることになった。墓所はすでに買ってある。外構(でいいのか)も出来ている。問題は墓石である。施主は父である。施主代行の母の意向で古典的な縦長の墓ではなく、いわゆる洋風の墓になった。母は「○○家」ではなく、言葉を刻みたいという。

そこで、仮にも博士(文学)の僕にお鉢が回ってきた。そんなのすぐできると思って安請け合いしたものの、よく考えたらこれがなかなか難問だ。

参考に近くの墓を見てみたが、こういっては失礼かもしれないが、似たような言葉ばかりで面白くない。墓石の銘文に面白いも何もないのだが、頼まれた以上、他の墓と同じというわけにはいかない。

ざっと見たところ「ありがとう」的な感謝を表す言葉が多いようだ。生前は世話になって感謝するという感じだろうか。もしくは、お参りしてくれた人に対して「ありがとう」だろうか。ストレートなのはいいけど、もう少しひねりがほしい。

うちの墓の近くに俳優の松田優作の墓があって、これには「無」と書いてあった。
松田優作の墓
かっこいいけど、「必死に生きてきた人の行きつく先が無であっていいはずがありません」って僧侶ハイター(『葬送のフリーレン』)も言ってたから「無」系は却下。

「平安」とか「偲」とか「寂」とかも多い。実はそのへんも考えていたのだが、これほど多いと博士(文学)のプライドが許さない。

しかし何も思いつかないので、『墨場必携(ぼくじょうひっけい)』を繰って見た。『墨場必携』とは書道の作品を作るために、いい塩梅の文句をまとめた便利本である。ちょっと敗北感がなくもないが、いたしかたない。とても墓石の銘には使えないようなめでたい系の文句が並ぶなかで、

善哉

という言葉が目に映った。アレ?これちょっといいんじゃない?

善哉は「ぜんざい」と読む。訓読すると「よきかな」となり、英語でいえば「very good!」、中国語でいえば「很好!」といったところか。禅宗でよく使われる言葉で、師匠の質問に対して弟子の解答がよかったときに使われる。

どんな生き方をしようが善哉。どんな死に方をしようが善哉。悲しいことだけど、死んじまえば全部終わって善哉。この墓に誰が入ろうが善哉。お参りに来ても善哉。来なくても善哉。ちょっと上から目線のような気もするが、まあそれも善哉。ついでに施主の父はぜんざいが好き。これでいこう。

当初、銘は妻に書いてもらおうと思っていた。妻は隷書が専門だからである。字数が少ないとはいえやはり石碑、篆書か隷書か楷書で書くべきだ。しかし「善哉」に決めたら、こういう言葉を重々しい書体で書くのはちょっと違うんじゃないかと思えてきた。

口頭で「よろしい!」というような感じで、そのへんの筆でさっと書く。草書だと読めなくなってしまうからここは行書で。そんなイメージがわいたので、特に行書が得意というわけじゃないけど、僭越ながら僕が書くことにした。実際書いてみると、まとめやすく書いていてなかなか気持ちいい。
善哉

何枚か書いて「われながらなかなか良く書けたわい」などと自己満足していたら、施主代行(母)から連絡があり、「文字だけじゃ寂しいから、自分の描いた水彩画のユリの絵も入れたい」などと言ってきた。石屋によると、輪郭をトレースすれば入れられるという。いや、簡単に言ってくれるけどなかなか面倒くさそうだ。いや、実際面倒くさかったんだけど。

その2につづく。
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