台湾の元宵節でガンダムの燈篭が出たという話を聞いて、遠い昔の記憶が蘇ってきた。ガンプラの思い出である。

思い出というのは、作った思い出ではない。

僕の家は文房具屋で、ガンプラを売っていたのである。当時は、プラモデルというものは、文房具屋や雑貨屋で買うものだった。もちろん、模型屋やおもちゃ屋もあったが、これは誕生日だの、クリスマスだのハレの日用で、ケのおもちゃは文房具屋が担当していたのだ。

ともかくすごい人気で、仕入れたそばから売れていった。そのうち、生産が追いつかなくなって(当時は生産調整をしていたといわれた)、問屋が抱き合わせで卸すようになった。例えば、戦車だとか自動車だとかのプラモデルを10000円分仕入れると、1000円分ガンプラが買えるといった感じである。

他の模型屋などでは、ガンプラの入荷日には、早朝から列ができていた。それでも、お目当てのものを手に入れることは難しかった。

僕はどういうわけか、このプラモデルには全く興味がなかった。だから、仕入れたぶんは、すべて友人に売っていた。次第に、注文を取るようになり、資本主義の原則である自由競争が始まり、僕はちょっとしたマージンをいただくようになった。仕入れが抱き合わせなので、他のプラモデルが売れないと仕入れられないというと、彼らは他のプラモデルも買ってくれた。わが世の春とはこのことだ。

そのうち、ガンプラブームも下火になり、簡単に手に入るようになった。ついには、アニメに登場しないモビルスーツが出てくるようになった。仕入れてみたが、そんなもん誰も買うわけがない。ブームは終わった。この間、どのぐらいあったのか覚えていないが、わが世の春は意外に早く終わった記憶がある。