甲南女子大学図書館所蔵『源氏物語』梅枝巻のニュースはいろいろな新聞で報道された。なんか曖昧な記事だなと思っていたのだが、やはり新発見ではないらしい。

源氏写本発見というエセ新聞報道に異議あり:賀茂街道から2
この本については、国文学研究資料館の博士後期課程の大学院生であった大内英範君(現在は研究員)が、3年も前に原本を甲南女子大学の図書館で調査をした後に詳細な考察による論文にまとめ、「伝為家筆梅枝巻とその本文」(『古代中世文学論考 第14集』、平成17年5月17日発行、新典社)と題して公表しています。
 この論文を掲載した本は、平成17年6月21日に、2冊を甲南女子大学付属図書館に寄贈しています。写本の調査に便宜を図ってもらい、写真掲載に高配をたまわったお礼としての献本です。
 また、私も3年前に同図書館で本書を調査し、大内英範君の論考を追認しています。
 その資料を、なぜ今ごろ新発見ニュースとなっているのか、わけがわかりませんでした。


そこで、もう一度報道を確認してみると、見出しや本文では、新発見とは書いていない。

新聞の記事をまとめると、

1.甲南女子大は29日、源氏物語54帖の一つで学内の書庫にあった「梅枝」の写本が、鎌倉時代中期(13世紀)のものと判明したと発表した。

2.米田明美教授が梅枝巻を田中登・関西大教授に鑑定を依頼し、鎌倉中期の1240〜80年ごろの写本と確認した。

3.勝海舟の蔵書印があった。

ということのようだ。

つまり、今回の甲南女子大学の発表は、蔵書の『源氏物語』梅枝巻の鑑定を田中登教授に依頼したら、鎌倉中期の写本だろうと言われた、というだけの話らしい。なんだつまらん。

ここで押さえておいてほしいのは、この本そのものが古いことが判明しても源氏物語の本文にとっては何の意味もないということである。

紫式部自筆の本を書き写す、さらにそれを書き写すことによって、写本は生まれる。甲南女子大本もその一つである。

仮に古い時代にソコツ者が書き写したものが残ったとすれば、それは文化財としては古くて価値があるかもしれないが、本文としては価値が低くなる。だから、写本自体の新旧は『源氏物語』本文の価値とは何の関係もない。本文の価値は、他の本と対比したりすることによって、分かる(かもしれない)のである。新聞の報道は(意図的にか)そこをごっちゃにしている。

話をもどすと、甲南女子大学本については、大内英範氏が本文も含めてすでに調査し、平成17年に論文を発表していたらしい。だから、これは新発見ではない。

新聞報道では、甲南女子大学も、古筆学の立場から鎌倉中期の写本だと確認されたというだけで、新発見としては発表していないようだ。その程度で、ここまで大々的に報道するかという気もするが(するなら、大内氏の論文の時点ですべきだ)、ここまでは齟齬がない。

ところが、一部でこれを発見と誤解したマスコミがあった。たとえば、日経新聞。

原本が残っていない源氏物語の研究を進める発見になりそうだ。

産経は、写真のキャプションで発見としている。

源氏物語「梅枝の巻」最古級の写本 勝海舟の蔵書印

もっと性質が悪いのが、産経の別の記事。これでは、「発見」が米田教授によるものと読める。

「千年紀に奇跡」「勝海舟が恋物語とは」源氏物語写本に驚きの声
同大の「梅枝の巻」の写本は、主流である「河内本」とされていたため、長年保管庫に保存され顧みられることはなかった。が、千年紀を機に再読していた米田教授はこれまでの写本と異なる記述があることに気づいた。
(中略)
 これまで寡黙とされていた紫の上と、光源氏との仲むつまじさが伝わってくる記述で、米田教授は「まさか別本では」と胸が高鳴ったという。


いちばんひどいのは時事通信。

源氏物語に新描写の別本=鎌倉中期の写本、原作に近い?第32巻、甲南女子大所蔵

こうなっちゃったのは何が問題なのだろうか。

まず、マスコミの知識不足と商業主義がある。本そのものと、本文の価値がごっちゃになっていて、スキャンダラスなものを適当に組み合わせているのである。

もう一つは、甲南女子大学の発表。古筆鑑定によって、写本の年代が分かった程度でマスコミを集めて報道させるなんてのは、商業主義以外の何者でもない。

しかし、一番いけないのは、物事をはっきり言わない人たち(その人たちにならって、誰かははっきり言いませんが)ではないだろうか。国文学の世界にはそういう人が多すぎる。マスコミは、そういう言い方が大好きで、都合よくつかわれちゃうのは周知のことである。