高校現代文教科書の定番、中島敦『山月記』を読んでいて、分かったようで分からないのが、李徴がなぜ虎になったかである。たぶん、先行研究があるんだろうけど、今、それを調べている暇はないので、自分で考えてみる。

『山月記』で、李徴が虎になった理由が最初にでてくるのは、袁傪に即興の詩を詠んだ後である。
なぜこんな運命になったかわからぬと、先刻は言ったが、しかし、考えようによれば、思い当たることが全然ないでもない。(中略)おれは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、また、おれは俗物の間に伍することも潔しとしなかった。ともに、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。(中略)おれはしだいに世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによってますます己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間はだれでも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという。おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。

分かったような分からないような感じだが、要するに「世と離れ、人と遠ざか」ったことから、人ではない動物になったといえるだろう。

では、なぜ他の動物ではなく、虎かということになる。そこで虎の習性を考えてみると、李徴の性格にぴったりなのである。

虎はライオンや狼と違い群れをなさない。このことは、李徴の孤独につながってくる。孤独になった理由が自尊心のせいだという点も(もちろん本来虎に自尊心なんかないが)虎のイメージと重ねあわすことができるだろう。つまり、人から遠ざかって動物となり、孤独であることから群れを成さない動物、つまり虎となったのである。

『山月記』には、唐代伝奇の『人虎伝』という出典があって、最初から虎なのだが、もし仮に『人虎伝』が『人犬伝』だったらこの小説は生まれていなかっただろう。

後半で、李徴はもう一度虎になった理由を話す。こちらは、先の理由とはまた違う。
 本当は、まず、このことのほうを先にお願いすべきだったのだ、おれが人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業のほうを気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

「このこと」とは、残された妻子の面倒をみてくれという袁傪への依頼である。この前に自分の詩を伝録してくれと願っているので、李徴は先に詩のことを、次に妻子のことを気にかけたのである。

僕には、ここがよく分からなかった。詩は人間だけが作れる。逆に、妻はともかくとして、子を大事にするのは、ほとんどの動物が持っている子孫繁栄の本能である。詩を作って妻子のことを二の次にするのは、むしろ人間的とはいえないだろうか。

もちろん、そんなに難しく考える必要はないのかもしれない。単純に妻子を後回しにするのは、人道に反するという考え方もできるだろう。しかし、前の理由が比較的明快だっただけに、それではいまいち釈然としない。

虎の習性を調べてみると、オスの虎はあまり子煩悩ではないらしい。
繁殖形態は胎生。妊娠期間は98-110日。1回に1-6頭の幼獣を産む。繁殖期は地域によっても異なる(例として基亜種は周年繁殖し、亜種シベリアトラは11月から4月に繁殖する。)。発情期間は数日だが、約2日間に100回以上交尾する。メスのみで幼獣を育てる。授乳期間は3-6か月。幼獣は6-14日で眼が開き、4-8週間で巣から出るようになる。幼獣は生後18-24か月は母親の縄張り内で生活し徐々に独立する。生後2年で幼獣の半数は命を落とし、オスが幼獣を殺すことも多い。生後3-5年で性成熟する。寿命は約15年と考えられている。(Wikipedia:トラ


中島敦にここまで虎の知識があったかどうかは分からないが、虎狩なんていう作品もあるぐらいだから、知っていたとしても不思議ではない。

中島敦が虎にどんなイメージを持っていたかは、自身の経験や他の作品、そして、虎が漢籍の中でどう扱われているかなど、調べなければならないことはたくさんあるが、とりあえず虎の持つ属性を抜きにして、『山月記』を読むことはできないだろう。