生徒の発言に市議愕然、橋下氏「ご飯一粒残したら、親に怒られた。食育を」
 27日に行われた大阪市議会の代表質問で、橋下徹大阪市長(大阪維新の会代表)と民主系市議団の福田賢治幹事長が市立中学校の給食事業をめぐり論戦になった。福田市議は「『給食ちゃうで、餌やで』という子供がいる」と述べて味が不評であることを強調。これに橋下市長は「僕の子供が言ったら、大激怒だ」と反論し、逆に子供への「食育」の必要性を訴えた。
 給食は業者に弁当の配送を委託するデリバリー方式を採用。衛生上の理由からおかずが冷蔵保存されるため、「冷たくておいしくない」などと評判は芳しくない。

この仕事を始めてから20年以上になるが、給食を食べなかった年はない。さらに、昼は中学校で給食、夜は定時制高校で給食を食べるという時期が長かった。今は中学校はやっていないが、定時制高校は週三回行っているので、いまだに給食を食べている。だから、給食にはちょっと詳しくなった。

その経験でいうと、生徒から「餌やで」と言われるのは、相当不味い給食である。この記事では、冷めていることが指摘されているが、おそらく問題はそこではない。

学校給食にはいくつかの方式がある。学校の給食室で作る「自校式」と、給食センターで作って、区域内の学校に分配する「センター式」がポピュラーである。最近は、合理化のため、一つの学校の給食室で作って、その学校以外の学校へ配送するグループ式とか、上の記事にあるような、弁当業者に作らせる方法(上の記事に合わせて、デリバリー式とする)もでてきた。

味はだいたい次のような感じ。左が一番美味く、右になるほど不味くなる。

自校式>=グループ式>センター式>>>(超えられない壁)>>>デリバリー式

自校式とグループ式は、栄養士さん次第で、美味くも不味くもなる。栄養士さんがアレだと、センター式の方がまだましということも理論上は無くはない(なかったけど)。だが、デリバリー式の不味さは次元が違う。

かつて、東京都の定時制高校の給食は、どんなに生徒数が少なくても、すべて自校式だった。これは人件費と光熱費がかさむため(給食費そのものは300円ちょっとだが、実際は1食2000円ぐらいかかっていたらしい。)、石原都知事の時代になってから、合理化が進み、グループ式や業者によるデリバリー式が増えた。

グループ式はともかく、デリバリー式になった学校は悲惨だった。中学校と違い、定時制高校は給食を食べるかどうかは自由である。とはいえ、短い時間(定時制の給食時間は25分程度しかない)内で食べに行くのは不可能なので、ほとんどの生徒は給食を食べる。

ところが、その学校はあまりに給食が不味いから、全生徒の3分の1程度しか食べていない。給食を食べない」生徒は、コンビニで弁当を買うか、9時まで我慢していたのである。

この給食の不味さはハンパではなかった。保温器に入って来るので、決して冷たいわけではない。もっと根本的に不味い。

とにかく、一味足りないのである。実際、密かに塩を持って行って、おかずにちょっとふりかけてみたら、だいぶマシになった。ただし、衛生上の理由から、給食室への持ち込みは禁止されているので、これは反則である。

この業者は、僕がその学校に行って一年後に、指定を外されたため、目出度くグループ式になったのだが、その時、なぜあれほど不味かったのか、いろいろな人に聞いてみた。

学校給食業者の指定を受けるのには、衛生基準等がものすごく高く、普通の仕出し屋では、簡単に取れないらしい。この業者が外されたのも、衛生基準が新しくなり、採算が取れなくなったのが理由らしい。

普通の弁当業者以上の衛生基準を満たそうとすれば、それだけでコストがかさむ。その上、牛乳を必ず入れなければならないとか、何品以上(20品程度だったと記憶している)の食材を使わなければならないとか、何カロリー以上でなければならないとか、給食は規格が厳密に決まっている。

必ず入れなければならない牛乳でお金を取られ、食材数を増やすための野菜で取られる。おまけに、年間の給食費は決められているので、その年、万一食材が高騰したときのための金を取って置かなければならない。2月から3月頃、急に給食が豪華になることがあるが、これは余ったお金を使い切るためである。

となれば、採算に合う給食を作るには、栄養価には関係ない調味料、特に値段の高い味噌・醤油・酒・だしなどをケチるようになる。さらに悪いことに、温度が低いと、味を感じにくくなるので、さらにまずく感じられる。これが、デリバリー式給食がひと味たりない理由である。

僕は大阪市の給食を食べていないので、この推測があたっているかどうかは分からないが、生徒が「餌」と表現している以上は、冷めていることだけが問題ではないのは間違いない。冷めていたら不味いのなら、親の作った弁当だって不味いはずだ。

調味料を使うのは人間である。だから、中学生が「餌」と表現したのは、あながち間違っていないのである。