8.6秒バズーカーのギャグ「ラッスンゴレライ」が「落寸号令来」で、原爆投下を揶揄しているとかいう、ふざけ切った読み方をして、何が何やら、ただ意地悪く反日扱いにしている人たちがいるのを知って、太宰治『十五年間』の以下の文章を思い出した。

太宰治『十五年間』(「文化展望」1946(昭和21)年4月号)
昭和十七年、昭和十八年、昭和十九年、昭和二十年、いやもう私たちにとっては、ひどい時代であった。私は三度も点呼を受けさせられ、そのたんびに竹槍突撃の猛訓練などがあり、暁天動員だの何だの、そのひまひまに小説を書いて発表すると、それが情報局に、にらまれているとかいうデマが飛んで、昭和十八年に「右大臣実朝」という三百枚の小説を発表したら、「右大臣(ユダヤジン)実朝」というふざけ切った読み方をして、太宰は実朝をユダヤ人として取り扱っている、などと何が何やら、ただ意地悪く私を非国民あつかいにして弾劾しようとしている愚劣な「忠臣」もあった。私の或る四十枚の小説は発表直後、はじめから終りまで全文削除を命じられた。また或る二百枚以上の新作の小説は出版不許可になった事もあった。しかし、私は小説を書く事は、やめなかった。もうこうなったら、最後までねばって小説を書いて行かなければ、ウソだと思った。それはもう理窟はなかった。百姓の糞意地である。

意味を解説しなけりゃ分からないのでは、反日だろうが非国民だろうが意味がない。ようは言いがかりを付けて、誰かをいじめたいだけである。

こんな説をまともに信じるのは、太宰の言う通り、「愚劣な「忠臣」」というより外はない。2015年にも、そういう忠臣がいたということを忘れないように、ここに記す。

#当初間違えて「雷寸号令来」と書いていたので訂正。あまりにバカバカしいから間違えちゃったよ。