普段、相撲は見ないのだが、最近は祖母が入院している病院で一緒に見る。今場所も病院で見た。

僕には、先場所よりも、今場所の方がずっと面白かった。今場所は、しばらく豪栄道・稀勢の里・白鵬の三人が一敗で並んだ。いわゆる日本人力士も頑張ったが、ここからの白鵬の迫力はすごかった。もう、絶対に敗けないという気迫を感じた。結果、白鵬は豪栄道にも稀勢の里にも勝って一敗のまま優勝したのである。

優勝は千秋楽に持ちこされ、優勝を決定する白鵬と日馬富士の一戦が、見ていてイマイチな一戦になってしまったのはご存知の通り。

たしかに、お金を払って見に行った人にとっては、優勝決定の横綱同士の千秋楽としては、あまりにあっけなく、面白くなかったかもしれない。しかし、僕はあれが本当の相撲だと思った。

たぶん、白鵬は立会で変化するつもりはなかったのだろう。それは、それまでの取り組みを見ていれば分かるし、優勝決定後の白鵬の発言でも分かる。優勝したにも関わらず、白鵬の表情は嬉しそうには見えなかった。お詫びの言葉も言った。

立会の一瞬で、白鵬が自分に有利な体勢に持って行こうとしたら、思った方に日馬富士が動かず、勝手にすっ飛んで行ったのが真相だろう。日馬富士は今場所あまり調子が良くなく、結果は9勝6敗である。あのあっけない取り組みは、日馬富士の方に問題があったと考えるべきである。

それでも「横綱たるもの、見せる相撲を取るべきだ」と好角家が言うなら、それは八百長に限りなく近いものだと言おう。横綱は鍛えぬかれたアスリートである。見せる相撲を取りたくても、チャンスがあれば勝手に体が動くのがアスリートというものだ。

僕は相撲ファンではないから、相撲が八百長だろうとなんだろうと、どちらでもいい。盛り上がればいいという考え方もあるだろうし、ガチじゃなきゃ盛り上がらないという考え方もあるだろう。

そもそも、僕は、相撲に限らず、日本人の好む競技はすべて八百長だとさえ思っている。問題は、白鵬を批判する好角家が、自らの八百長好きを理解できているかどうかである。