先月の終わりから今月にかけて北京に行ったので、今月は北京の記事ばかりになった。

北京は三度目である。初めて行ったのは2000年で、諸般の事情により一週間もいるハメにあった。これが初めての海外だったから、僕にとっては印象的な街である。

初めての北京は、すごいインパクトだった。まず、異常に埃っぽい。道路は自転車が多いのは言うまでもないが、赤くて小さくてこ汚い(ダイハツ・シャレード)タクシーがたくさん走っていた。タクシーにはエアコンがないので、暑くて狭くて埃っぽかった。自転車タクシーも健在だった。

道路はあちこち陥没していて、信号機は壊れている。路上にはゴミが散乱していた。公衆電話もあるにはあるが、たいがい壊れていて使えない。電話をかける時は、商店の店頭にあるのを使って後で金を払っていた。

街灯もまだ少なくて、夜になるとけっこうな繁華街でもうす暗い。いたるところに物乞いがいる。地下鉄の中にまで、台車に乗った障害者の物乞いが来て、金を渡すまで目の前からどかないのには閉口した。

なんかすげぇ所に来ちゃったという感じだ。

二度目はそれから二年後の2004年。北京に泊まったのは二泊程度で、すぐに邯鄲で一炊の夢を見るという自転車ツアーに出たので(帰りは上海から帰った)、北京の街を見る機会はあまりなかったのだが、二年前に比べて、ずいぶんきれいになったと感じた。

さて、そして今年。最後にいってから、12年経っている。

着いた時は、ドヨンと霞んでいて、これが噂のPM2.5かとちょっと憂鬱になったが、二日目以降はすっきりした青空が続いた。毎日大気汚染というわけではないらしい。霞んでいても、16年前のような埃っぽさはないから、昔の方が空気が汚く感じる。ただし、これは季節要因もあるのかもしれない。

何といっても、町がきれいだ。ゴミもあまり落ちていない。北京市は清掃員を大量に雇っているらしく、ゴミが落ちていると、ディズニーランドさながら、すぐに掃除していく。地域住民しかいなかった胡同も、昔の面影を保ったままきれいになっている。前門や西単なんか、街並みそのものが変わってしまった。

しかし、やっぱり北京は北京である。どこか垢抜けない、首都なのに田舎っぽい北京らしさは健在だ。だから、こんな人もいる。
眠る人

町を歩く若い人も、精一杯のオシャレをしているが、上海なんかに比べると、なんとなく野暮ったい。庶民的な食堂に入ると、相変わらず大声でくだらない議論(たぶんヨメの悪口など)をしている、酔っ払ったオッサン連中がいる。たしかに町はきれいになったが、よく見ると、微妙にツメの甘いところがある。

歴史のある大都会なのに、イキじゃない。これが北京の魅力である。