昭和天皇が崩御した時か、今上天皇が即位した時だったか、よく覚えていないが、都内の神社に過激派が時限発火装置を仕掛けるというテロが起こった。犠牲者はいなかったが、都内のめぼしい神社はほとんど仕掛けられた。

当時、僕は御茶ノ水の湯島聖堂に住んでいた。3人交代で夜間の警備(のようなもの。夜勤と言っていた。)をしており、その日の担当は僕だった。夜勤明け(といっても夜は寝ているが)の朝、出勤してきたバイトの女性が僕にこんなことを言った。

「地下鉄の通風口から煙が出てるんですけど・・・」

事務室がある斯文会館の駐車場には、丸ノ内線の通風口があった。マリリン・モンローのアレを思い出してもらえれば、だいたいあっている。慌てて外に出てみると、本当にそこからモコモコと煙が出ている。

天皇崩御以来、警戒が厳しくなっており、通りはたくさんの警官がいた。僕は通りに出て、直接一人の警官に事情を話した。警官はすぐに見に来てくれたが、

「ここは、普段煙は出ないんですか?」

などと、トボケたこと言う。そんな低いところから煙がでるわけがない。

「出ません!早く応援を呼んでください!」

すると警察官は、通風口の中を覗き込み、

「火が見えますねぇ」

とか言って、無線で何やら話していた。全く緊張感がない。こいつ、もしかしたらバカなんじゃないかと思った。

その後、消防と何人かの警察官が来て、湯島聖堂備品のバケツを借りて、時限発火装置を処理していった。過激派のしわざと知ったのは、その晩のニュースである。神社でもないのになぜ狙われたのか、そもそも、なんで天皇が崩御して過激派が時限発火装置をしかけるのか、いまだにそのロジックが分からない。

それから約一ヶ月後、本富士署から警察官が来て、事情聴取を受けた。僕が疑われたわけではない。住み込みだったから、事件の前に気がついたことがなかったかというのである。

なにしろ一ヶ月前のことで、それも仕掛けられたのは発火する数日前の可能性もあるという。そんなの何一つ覚えていない。それでも、メシの時間から寝た時間まで、何から何までむりくり思い出させられて、事情聴取は五時間以上に及んだ。

後日聞いたところ、中からはバッテリーと時計などが出てきたという。仕掛けられた時間は、当日の朝方だそうで、一週間分の記憶の呼び戻しは全く意味がなかった。

警察に貸したバケツは、結局返ってこなかった。