昨日のエントリ(講談社少年少女日本文学全集:2016年11月20日)を書いていて、芥川龍之介の『三つの宝』を思い出した。

『三つの宝』は昭和3年6月に改造社から刊行された、芥川龍之介による童話集である。芥川の生前に企画され、死の直後に刊行された。芥川の本は、装丁に凝ったものが多いのだが、これは格段に凝っている。その理由は後ほど説明するが、装丁は芥川の本のほとんどを手がけた小穴隆一である。

最初に断っておくと、これはほるぷ出版によるレプリカである。本物だったら相当するらしいが、以前本物を見た時には、ほとんど見分けがつかなかった。

まず、函はこんな感じ。いたってシンプルである。
『三つの宝』函
中身は、手触りのいい布装で、講談社少年少女日本文学全集同様、イラストが貼り付けてある。もちろん小穴隆一の絵。ふと、講談社少年少女日本文学全集は、これを意識したのではないかと思ったのである。

表表紙
『三つの宝』表表紙
裏表紙
『三つの宝』裏表紙
ついでに背。
『三つの宝』背
扉。6色も使っている。
『三つの宝』扉
本文はこんな感じで柄のある枠が印刷され、ところどころに小穴隆一の挿絵がある。これも、直接印刷するのではなく、別の紙に印刷して貼ってある。
『三つの宝』挿絵と本文

その他の挿絵をいくつか。
『三つの宝』挿絵2

『三つの宝』挿絵3

ベッタリと貼るのではなく、すぐにも剥がれそうな感じで貼ってあるのはなぜだろう。こっちの方が手間がかかりそうだが・・・。

さて、この本、長辺が31cmもあり、バカでかい。子供が読むのに、なぜこんなデカい本にしたか。それは、小穴隆一の手になる跋文に書かれている。
あなたがたはあなたがたの 一番仲のいいひと、一番好きな方がたと、御一つしよに、この 三つの宝 を御覧になりませうが、この本は、芥川さんと私がいまから三年前に計画したものであります。
私達は一つの卓子(テエブル)のうへにひろげて 縦からも 横からも みんなが首をつつこんで読める本がこしらへてみたかつたのです。この本の差画のもでるになつて下さつたかたがたばかりではありません。私共の空想 われわれがこの程度の本をこしらへるにもなかなかの努力がいりました。みなさんにこれ以上の贅沢の本は今日の日本ではこしらへてあげることが出来ません。私達の計画を聞いた方がたは みんながよろこんでこの本の出来あがる日をたのしんで下すたものです
著者の、芥川龍之介は、この本が出来あがらないうちに病気のために死にました。これは私にとりましては大変に淋しいことであります。
けれども この本をお読みになる方がたは、はじめ私達が考へてゐましたように、みんな仲よく首をつつこんで御覧になつて下さい。
 私は、みなさんが私共の歳になつてから、この本をお読みになつたあなたがたの時代は、余計にたのしかつたと思はれやあしないか、さう思ふから、三つの宝の出来あがったことは愉快です。
 どうか あなたがたは、三つの宝のなかの王子のやうに お姫様のやうに この世のなかに、信じ合ひ助けあつて行つて下さい。
昭和二年十月廿四日朝
小穴隆一
奥付によると、この本は当時5円。公務員の初任給をもとに現在の価値を計算すると、12000円ぐらいである。誰もが買える値段ではない。おそらく、学校の図書室なんかで読むことを想定しているのだろう。豪華な一冊の本を仲良く数人で読むというアイディアがすばらしい。

なお、序文は佐藤春夫によるもの。これも、追悼文としてちょっと面白いので、転載する。
他界へのハガキ
 芥川君
 君の立派な書物が出来上る。君はこの本の出るのを楽しみにしてゐたといふではないか。君はなぜ、せめては、この本の出るまで待つてはゐなかつたのだ。さうして又なぜ、ここへ君自身のペンで序文を書かなかつたのだ。君が自分で書かないばかりに、僕にこんな気の利かないことを書かれて了ふじやないか。だが、僕だつて困るのだよ。君の遺族や小穴君などがそれを求めるけれど、君の本を飾れるやうなことが僕に書けるものか。でも僕はこの本のためにたつた一つだけは手柄をしたよ。それはね、これの校了の校正刷を読んでゐて誤植を一つ発見して直して置いた事だ。尤もその手柄と、こんなことを巻頭に書いて君の美しい本をきたなくする罪とでは、差引にならないかも知れない。口惜しかつたら出て来て不足を云ひたまへ。それともこの文章を僕は今夜枕もとへ置いて置くから、これで悪かつたら、どう書いたがいいか、来て一つそれを僕に教へてくれたまへ。ヰ゛リヤム・ブレイクの兄弟がヰ゛りやむに対してしたやうに。君はもう我々には用はないかも知れないけれど、僕は一ぺん君に逢ひたいと思つてゐる。逢つて話したい。でも、僕の方からはさう手軽には—君がやつたやうに思ひ切つては君のところへ出かけられない。だから君から一度切てもらい度いと思ふ—夢にでも現にでも。君の嫌だった犬は寝室には入れないで置くから。犬と言へば君は、犬好きの坊ちゃんの名前に僕の名を使つたね。それを君が書きながら一瞬間、君が僕のことを思つてくれた記録があるやうで、僕にはそれがへんにうれしい。ハガキだからけふはこれだけ。そのうち君に宛ててもつと長く書かうよ。
下界では昭和二年十月十日の夜
佐藤春夫