昨日、キューバのカストロ元議長が亡くなった。いろいろと思うところはあるが、それは置いておいて、安倍首相の「哀悼の意」が、日本語としてひどかった。
カストロ氏死去 安倍首相が哀悼の意 各国首脳も追悼:NHK NEWS WEB
安倍総理大臣は「キューバ革命後の卓越した指導者であるフィデル・カストロ前議長の逝去の報に接し、謹んで哀悼の意を表します。本年9月に、私がキューバを訪問しお会いした際には、世界情勢について情熱を込めて語られる姿が印象的でした。日本政府を代表して、キューバ共和国政府および同国国民、ならびに御遺族の皆様に対し、ご冥福をお祈りします」としています。
いやいやいや、キューバ政府と国民に対し「ご冥福」をお祈りしちゃいけないだろう。

ご冥福をお祈りするのは、亡くなったカストロ前議長に対してである。「冥福」は、読んで字のごとし、「冥土の福」で、死後の世界での幸福という意味である。コミュニストに死後の世界があるかどうか分からないが、少なくとも、生きているキューバ政府とキューバ国民に対して使う言葉ではない。それとも、キューバが冥土なのだろうか。

さて、言葉としてひどいといえば、最近、学校でこんなのを見かけた。
ナゾの書道半紙
巻かれた巨大な紙である。僕の大嫌いな書道パフォーマンスに使うものらしい。「なんじゃこれは」と思って近づいてみると、このラベルにこんなことが書いてある。
ナゾの書道半紙ラベル
「書道半紙」である。サイズは1000ミリ×30メートル。でかい。半紙じゃねぇ!

「半紙」とは、紙の種類ではなく、サイズのことなのである。日本人なら誰でも知っているあのサイズを「半紙」という。だから、「大きい半紙」などは存在しない。ちなみに、「日本人なら」と言ったが、半紙というサイズは日本独特のもので、中国産の唐紙は日本に輸出するため、わざわざ半紙サイズに切っている。

もちろん、言葉の意味を知らない人が、これを半紙というのは仕方がない。だが、商品にして売ろうというのに、これを書道半紙とネーミングするのは書道用具を売る業者としていかがなものか。まあ、書道パフォーマンスに群がる連中なんてその程度のものだということである。

僕は、言葉を知らないことを嘲笑する気はない。誰にでも知らない言葉はある。問題は言葉に対する態度である。

追悼の言葉でも、商品名でも、普段、会話で口にする言葉とは重みが違う。そういう言葉を世に出すときは、細心の注意を払うのが当然だ。すべての言葉を調べるぐらいの気遣いが必要である。

しかも、「冥福」も「半紙」も、それが「冥土の幸福」とか「半分の紙」とか、本来の意味が比較的類推しやすい言葉である。それなのに、だれからも「ちょっとおかしいな」という意見が出ず世に出てしまったのが、どうにも不思議でならない。