就職活動が解禁になったそうだ。

就職活動といえば「面接官」だが、この言葉はどう考えてもヘンだ。そもそも「官」は役人という意味である。公務員の採用ならともかく、私企業なら「面接員」とでもいうべきだろう。どう考えても、言葉としておかしいが、それ以外の言葉を聞いたことがない。

しかし、最近、『今昔物語集』の震旦部を読んでいて、これは冥官のイメージなのではないかと思うようになった。

冥官は、中国の民間信仰で、人の死後行くと考えられていた冥界で働く役人である。閻魔王が総理大臣や知事とすると、その下で働く官僚から小役人まで、すべて冥官ということになる。

『今昔物語集』に登場する冥官は、コネで便宜を図ったり、賄賂をもらったり、書類を紛失したり、最近良く聞く話ばかり。役人というものは、どこの国でも、どの時代でも、現世でも、冥界でも、みな同じようなものだと感心させられる。

面接官も、面接や希望者の資料をみて、将来の行く先を決めるのだから、やっていることは冥官によく似ている。行先は地獄というのも同じだで、地獄にさえ入れてもらえない人が死にたくなるのもしかたのない話かもしれない。しかし、冥官同様、面接官にも責任感なんて一つもないので、そんな連中のために絶対に死んではいけない

役人でもないのに役人風の名前が付いているものといえば、前にも書いた、「万引きGメン」を思い出す。そのときは、『Gメン75』の影響だと思いこんでいたが、ひょっとしたら、これも冥官のイメージなのかもしれない。

なにしろ、罪人をしょっぴいて、連れてくるのが仕事なのである。政府に雇われていなくても、イメージとしてはよく似ている。

どうも、役人的な名称に、人に威圧感を与えるイメージがあるようだ。そこまで考えて、「教官」という言葉を思い出した。

「教官」といえば、我々オッサンにとっては、『スチュワーデス物語』の堀ちえみのセリフである。このドラマは83年開始で、当時の日本航空は半官半民だったから、教官で差し支えない。自動車教習所の先生も、しばしば教官と呼ばれるが、これも私企業とはいえ、運転免許という公的な資格の審査を代行するのだから、「官」でもいいだろう。

しかし、僕は都立高校に勤務しているが、都立高校の先生のことを教官とは言わない。「職員室」とはいうが、公立学校で「教官室」といっている学校を僕は知らない。どこの都道府県でも、「教員採用試験」であって、「教官採用試験」とは言わない。

たぶん、奉るべき、公務員っぽい仕事を、日本では「官」と言っているのだろう。「教員」をやっていて、どうも奉られていないような気がしていたが、それは喜ぶべきか、悲しむべきか。