古典文学テキストのレベル:2017年07月18日で、やたナビTEXTでは、『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』以外は、レベル1(翻刻)とレベル4(校訂本文)の二つのテキストを掲載していると書いた。

『宇治拾遺物語』の方は、かなり昔に入力したため、これだけ形式が違う。いずれ同じ形式にするつもりだが、『今昔物語集』は最初から現在の形式でいくつもりだった。

やたナビTEXTの『今昔物語集』の底本は、『攷証今昔物語集』(芳賀矢一・冨山房・大正2年〜大正10年)である。これを底本にしたのには理由がある。

『今昔物語集』の注釈書の底本は、多くが鈴鹿本を底本としている。これは、『今昔物語集』の諸本はすべて鈴鹿本をもとにしているという研究結果からである。この鈴鹿本、大変ありがたいことに、京都大学がネット上で公開している。

京都大学附属図書館所蔵 国宝今昔物語集(鈴鹿家旧蔵)

ならばこれを使えばいいかというと、話はそう簡単ではない。鈴鹿本はすべての『今昔物語集』の親本とはいうものの、わずかしか残っていない。そこで、現在のテキストの多くは、不足を他の伝本で補っている。ほとんどは容易に見ることができず、この方法は取れない。

そこで、僕は『攷証今昔物語集』を使用することにした。これなら最初から活字だから、膨大な量の『今昔物語集』でも比較的早く終えることができる。それでも全部打ち終えるまで丸三年かかったのだが。ちなみに『攷証今昔物語集』は朝日古典全書『今昔物語集』の底本になっている。

今から100年も前に刊行された本だが、いまだに大きな価値がある。底本の東京帝国大学所蔵田中頼庸旧蔵本(田中本)が関東大震災によって焼失してしまったので、そのテキストを知るよすがとなるのは『攷証今昔物語集』しかないからだ。この本には一枚だけ田中本の写真版がある。
田中本今昔物語集影印
本文は底本どおり、漢字片仮名交じりの宣命書きで組まれている。頭注は異本注記や本文のおかしなところの指摘である。
攷証今昔物語集の本文
本文の次に「攷証」がある。これがすごい。
攷証今昔物語集の攷証
なんと、すべての説話に、出典と思われる説話や類話のテキストをそのまま挙げている。だから、本文よりも攷証の方が長いものもある。

作品名の上にある○や◎は『今昔物語集』本文との関係を表していて、この場合だと、『日本往生極楽記』を直接の出典と見ており、『経律異相』を類話、『元亨釈書』・『宝物集』を「同一説話で他書に散見したもの(凡例より)」とする。どこからどうみてもとんでもない労作である。

僕が持っているのは昭和43年に復刊されたもの。函に入れて並べるとこんな感じ。大きさの比較のため、タバコを置いてみた。
攷証今昔物語集(函)
背。この、モダンなんだか古臭いのかよくわからないデザインが冨山房風味。
攷証今昔物語集(背)
表紙にはアールデコっぽい模様がエンボス加工されている。ただし、アールデコの流行は昭和に入ってからだから、ちょっとしたオーパーツ。このヘンな模様と右下の赤い「冨山房」ロゴが全く合っていない気がするが、そこがいかにも昔の冨山房っぽくっていい。
攷証今昔物語集(表紙)

この本、いつ買ったかよく覚えていないが、少なくとも20年以上前であることは間違いない。今昔物語集研究の記念碑的な本として買ったのだが、その後、ずっと本棚の肥やしだった。よもや20年を経て〈役に立つ〉日が来るとは思わなかった。本はとりあえず買っておくものである。

なお、中身は国会図書館デジタルコレクション「攷証今昔物語集」で見ることができる。本当に便利な時代になった。