『今昔物語集』の電子テキスト化が一通り終わったので、次は『大和物語』にした。

三条西家旧蔵伝為氏筆本『大和物語』

伝為氏筆本『大和物語』は、講談社学術文庫や日本古典全書などの底本になっている本である。これらの注釈書は古文学秘籍叢刊の複製を使っているが、同じものを国会図書館デジタルコレクションで見ることができる。

古文学秘籍叢刊 大和物語上
古文学秘籍叢刊 大和物語下
古文学秘籍叢刊 大和物語解説

実は、『大和物語』を通読したことがない。何度か読もうと思ったのだが、気がつくと飽きてしまうのだ。

『大和物語』というと、『伊勢物語』・『平中物語』と並んで、歌物語の代表として知られるが、それらと違い、一貫した物語性がなく、正直言うとあまり面白くない。和歌がわかれば楽しめるのかもしれないが、どうにも和歌は苦手で、そこまでに至っていない。

テキストを作るとなると、どうしても深く読まなければならないから、また別の発見があるものだ。それを期待して読んでいるが、早速琴線に触れる章段を見つけた。

第10段 監の命婦堤にありける家を人に売りて後・・・

監の命婦が、鴨川近辺にあった家を売って、粟田に引っ越したのち、売った家の前を通った時に歌を詠んだ、というだけの短い章段である。歌は、次のようなもの。
ふるさとをかはと見つつも渡るかな淵瀬ありとはむべも言ひけり

「ふるさと」が旧宅を指し、「かは」は「彼は」で、「これは(昔の家だ)」と「川」を懸けている。「淵瀬ありとはむべも言ひけり」とは、「人生に浮き沈みがあるとはよくいったものだ」と言う感じでわりとありきたりの表現だろう。技巧は凝らしてあるが、たいした歌でもない。しかし、これが他人事ではない。

現在、祖父母が住んでいた家を貸しに出している。まだ借り手はついていない。この家は、僕が生まれて最初に連れてこられた家でもある。東京の病院で生まれた僕は、病院から近い祖父母の家に最初に連れてこられたのである。

もちろん、そんな時代のことは覚えていないが、大学を卒業して数年間、諸事情によりここに居候した。その後、近所に仕事場を借り、だんだんとそこで生活するようになったが、結婚後も徒歩15分程度の近所に住んで、一昨年祖母が倒れるまで週に何度も通った。居候して25年以上である。

まだ借り手はつかないが、中身はすっかり空になっているので、入っても自分の知っている家ではない。長くいる気にもならず、さっさと出てしまう。玄関に鍵をかけて振り返ると、寂しいのとも違う、悲しいのとも違う不思議な感覚におそわれる。

近所だからしょっちゅう前を通っていて、たいして懐かしくもない。毎日会ってた友人が、突如見知らぬ人になったような、なんとも表現できない奇妙な感覚である。監の命婦も「淵瀬ありとはむべも言ひけり」程度の言葉しかでてこないのも理解できる。

今でなければ、この章段も「つまんねぇ話だな」としか思わなかっただろう。今はつまらない歌しか出てこないのも含めて、いや、それだからこそ「こんな感じだよなー」としみじみと思うのである。