先日、大田区内の公園の入り口で、奇妙なものを見つけた。
三人の銅像
ヒッポリト星人に固められたウルトラ兄弟みたいな、子ども二人とおばあさんの銅像である。なんといっても、手前の男の子が奇妙だ。
ゲートボールをする少年
最近はあまり見かけないが、ゲートボールといえば、かつては年寄りのスポーツだった。もちろん、子どもがゲートボルをしちゃいけないという法はないが、野球のヘルメットらしきものをかぶってゲートボールをしているのは奇妙だ。

素直にバットでも持たせればいいんじゃないかと思うが、深夜、遠目でバットをもった野球少年を見たら、ホンモノの子どもだと思って通報する人もいるかもしれない。深夜に練習している野球少年ならまだましで、暴漢がベンチのおばあさんを襲う所だとでも思われたら、通報しないまでも、近くを通った人の精神衛生上よろしくない。

そもそも、このおばあさんは何故ここにいるのだろうか。そう思って、おばあさんの座っているベンチをよく見て合点した。これは野宿者避けだ。
おばあちゃんの銅像
横になれないように、ベンチの3分の1ぐらいのところに太い角材が取り付けてある。おばあちゃんの左側にも、わざわざ毛糸の玉が置いてあり、ベンチを短くして寝られないようにしている。

まわりを見ると、この公園のベンチでまともな形をしているのはこれだけで、あとは一人がけの、間違っても横にはなれないような形になっている。
他のベンチ
おそらく、この銅像たちは、野宿者を入れないために、ここに設置されたのだろう。人がいると思えば、心理的に入りにくくなる。仮に入っても、ベンチでは寝られない。ほのぼの少年少女とおばあさんではなく、ホームレス避け案山子である。

東京はここ10年ぐらいで、間に手すりがあったり、カマボコ型に湾曲していたりする、寝られないベンチが増えた。それらは、一見、アートの姿をしているが、どれもみな東京都民の冷たい心の結晶である。