烏丸光広本の『徒然草』第7段を翻刻していて、「ハテ?」と思った。

第7段 あだし野の露消ゆる時なく・・・:やたナビTEXT
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の○秋を知らぬもあるぞかし。

伏せ字にしたのは、そこに「ハテ?」と思ったからだ。「夏の蝉の○秋を」は底本では次のように書いてある。
夏のせみの

「暮秋」と読んで入力してから、「あれ?暮秋だったっけ?・・・」と思ったのだ。烏丸光広本を底本とする活字本をあたってみると、手元にあるもの(角川文庫新版・新潮日本古典集成・角川全注釈etc)はすべて「春秋」としている。

そこで、東京大学史料編纂所の「電子くずし字字典データベース」に当たってみると、次のような結果が得られた。上段が「暮」で下段が「春」である。
暮と春
「暮」にはよく似た字形があるが、「春」にはない。ついでに手元の書道字典(角川書道字典・二玄社新書道字典)も当たってみたが、結果は同じだった。

しかし絶対にこの形にならないとも言い切れない。「春」の篆書は、
春
で、草冠である。これに基づく異体字「萅」がある。
春(異体字)
この字形なら、烏丸光広本の形になる可能性はある。

実は、ここは古くから典拠が指摘されている。『荘子』逍遥遊の「朝菌不知晦朔、蟪蛄不知春秋」がそれだ。『徒然草』最古の写本である正徹本も「春秋」になっている。本来は「春秋」でいいのだろう。逆に言うと、これまで活字になった本がそれを踏襲しているだけとも考えられる。

今、作っているのは烏丸光広本の翻刻である。もし烏丸光広本が改変したとしても、そのままにしなければならない。「暮秋」は旧暦の9月だから、意味は通っている。それどころか、「かげろふの夕べを待ち」に続く言葉としては「夏の蝉の暮秋を知らぬ」のほうが整っているように感じられる。

あとは、今後この字形がこのあとどう使われるかである。烏丸光広本は古活字本だから、全く同じ字が出てくるはずだ。今、即席に調べることもできるが、どうせ全部翻刻するのだから、これからの楽しみとして取っておこうと思う。

【2018/06/12 追記】
「夏の蝉の春秋を知らぬ」でした。
続・春秋か暮秋か(春秋でOK):2018年06月12日