ファッションなんて誰が何を着ようと自由なんだけど、誰でも「あれだけはダメ」というのがあると思う。僕はダメージジーンズが大嫌い。ダメージジーンズとは、ファッションとして、あらかじめ破れたジーンズのことである。

ジーンズは、もともとアメリカの金山労働者の作業着である。だから、ダメージを受けて穴があいているのは、別に間違ってはいない。

だから、履き古して自然にあいた穴なら何の文句もないのだが、現代の生活でそう都合のいい場所に穴があくわけがない。長年使っても、膝小僧にちょろっとあくか、へたすると尻に空いてしまう。そこへ、都合のいいところに穴があいた、いやあけられたジーンズを「これがファッションです」と見せられると、「このニセモノめ!」という気分になる。

ファッションというものは、着る人の人生が出ているものが一番かっこいいと思っている。サラリーマンのスーツはあれはあれでかっこいいと思うし、工員の作業着も、とび職のニッカボッカも、看護師のナース服も、それを長年来た人が着るとかっこいい。ジーンズは真新しいのをだんだん着古していくのがかっこいいのであって、最初から人為的に古びさせるのは、あまりかっこいいこととは思えない。

こういうファッションには、ブルジョアの悪趣味を感じる。源融が邸宅に塩釜を模して塩を焼かせたとか、白樺派の柳宗悦が民藝運動するとか、金持ちが田舎暮らしして蕎麦屋を開店するとか、プロレタリアートの僕としては、どうにもいけ好かない。

突然こんなことを言い出したのは、次の記事を読んだからである。

【ナウい!】LA発2018年最新ダメージジーンズがダメージ受け過ぎている件。:edamame

リンク先の記事の写真を見てもらえば分かるが、ここまでいけば許せる。もはやズボンですらなく、これはアートである。なんだかやたらと涼しそうだし。