今年は梅雨明けが早く、7月はやたらと暑い。愛知県豊田市の小学校で、熱中症が原因の死亡事故が発生し、学校の空調が問題になっている。

僕の勤務する東京都の公立学校は、比較的早いうちから冷房が導入され、現在ではほぼ100%の学校に空調があるらしい。僕自身の記憶では、20年ぐらい前から幹線道路や空港・基地などの近くにある学校を優先して空調が入り始め、最後に空調のない教室で授業をしたのは12年ぐらい前の中学校だった。莫大な予算がある東京都といえども、一斉に入れることはできなかったのだ。

しかし、全国の小中学校では、いまだに7割の学校に空調がないという。もちろん、気候的に必要ない学校もあるので、それを差っ引いても半数近くの学校に空調がないということになる。

空調を想定せず建てられた校舎に空調を入れるのに、莫大なお金がかかることは分かるし、入れた後もランニングコストがかかる。校舎に空調を入れられないのは、単に金が無いからである。

政治家も教員も「金がないから入れられない」と言えばいいのだ。特に教員は自分も暑い中で授業をしなくてはならないのだから、エアコンを入れるのに反対する理由が一つもない。生徒やPTAの前で堂々と、「○○市は金がないので学校にエアコンが入れられません」と言えばいい。

それなのに、ガマンを教えるだの、公平性がどうのだの、なんだか教育目的で入れないような、見苦しい言い訳ばかりする。なぜ正々堂々と「金がない」と言えないのか。

どっちにしても入れられないのだから同じではない。入れられない原因をウソで塗り固めるのが問題なのである。

「金がなくてエアコンを入れられない」のなら、それなりの対策ができる。例えば、夏休みを前倒しするとか、時間帯を変えるとか、屋外での活動を減らすとか、別の予算を削って学校のエアコンに当てるとか、いろいろ方法はある。

しかし、「ガマンを教えるためにエアコンを入れない」となるとどうだろう。ガマンを教えるのなら、暑いほど効果的となり、児童・生徒を危険に晒すことになる。

すべては金がないのを認めたくない政治家の見栄っ張りから始まっているのである。教員は政治家の見栄っ張りに加担する必要はないし、見栄っ張り政治家から児童・生徒を守らなくてはならない。