さて、三回にわたって偽満皇宮博物院を紹介したが(偽満皇宮博物院へ行った(その1)その2その3)、かつて新京とよばれ、満州国の首都だった長春の街には、たくさんの満州国時代の建築物が残っている。

まずは、悪名高き関東軍総司令部。かつてはこんな感じ(Wikipediaによる)。
Kwantung_Army_Headquarters
鉄筋コンクリートのビルに和風の屋根をつけたものを帝冠様式といい、この時代(1930年台)に流行した。名古屋城がモデルになっているそうだが、単なる流行の建築様式というだけでなく、宗主国としての権威づけという意味も持っているのだろう。

現在は中国共産党吉林省委員会が使っている。現在では手前の木と塀に遮られて、外からは帝冠の部分だけしか見えない。見えない下半分は脳内で石垣を補ってしまうから、どうみても立派な天守閣である。道を歩いていて突然このお城が目に入ると、不思議な感じを受ける。
旧関東軍総司令部1
旧関東軍総司令部2
近くに満州国国防会館なるものがあった。現在は「吉視伝媒方舟美術館」になっているが、中に入っていないので、何の美術館だかよく分からない。吉視は吉林省テレビ局だろうから、テレビ局の所有の美術館だろうか。
国防会館
長春の中心には大同広場という巨大なロータリーが作られた。現在は人民広場というありがちな名前になっている。
昔の大同広場と満州国電信電話会社
上の絵にある茶色のビルは満州国電信電話会社である。現在は、中国株投資家にはおなじみ、中国聯通(チャイナ・ユニコム)という電話会社が使っている。
満州国電信電話会社
その向かいは、かつて満州国中央銀行だった。現在は中国人民銀行。中国人民銀行は、中国の中央銀行なので、電信電話会社同様、用途は変わっていない。
満州国中央銀行
いかにも中央銀行らしい立派な建物なので、柵越しにスマホで撮影した。一枚撮ってから写真を確認すると、とんでもない物が写っているのに気づいた。
満州国中央銀行の現金輸送車
どうみても現金輸送車。どう見ても現金を搬入中。

よく見ると、手前の自動車に「厳禁靠近」書いてある。工事現場などで「禁止靠近(近づかないでください)」という標識はよく見るが、どう考えても禁止より厳禁の方が重そうに見える。近付いたら問答無用で射殺されそうな勢いだ。近づかなくても、写真を撮ってるのがバレたら捕まっても文句は言えまい。

こういうときはさっさと逃げるに限る。というわけで、ものすごい勢いでトンズラしたので、人民人場の写真はなし。