先日、祖母(100歳)に面会するために、老人ホームへ行ってきた。

祖母のいる部屋の階に着いて、廊下を歩いていたら、向こうから車椅子に乗ったジジイ(尊敬の意を込めて、あえてジジイと呼ばせていただく)がやってきた。すれ違いざまに、「こんにちは」と挨拶すると、「おめえ誰だ。おめえなんか知らねぇよ」と思いっきり悪態をつかれた。

よもや挨拶して怒られるとは思ってもみなかったので、「オッサン、知らなくったって挨拶ぐらいしたっていいじゃねぇか」と言ったら、「オッサン」が気に入らなかったのか、まだ何やらブツブツと悪態をついている。

ちょっとムカっとこないでもなかったが、よく考えると、いつお迎えが来るか分からんようなジジイになって、悪態をついているのは、悪いことじゃないなと思った。

あんまりいい爺さんだと、ちょっと会っただけなのに、「あの爺さんどうしたかな」なんて気になってしまう。悪態つくジジイに対しては、全くそんなことは思わない。たとえ、亡くなったと聞いても、「ああ、あの爺さん死んだのか」ぐらいで、たいして悲しくもない。死ぬ方からしても、あんまりまわりからよく思われたら、現世への執着になるだろう。ちょっと嫌われるぐらいの方がいい。

しかし、大事なのは「ちょっと嫌われる」の「ちょっと」である。あんまり悪く思われて、「クソジジイ殺してやる」などとなったら、それはそれで罪作りだ。第一、いくら年をとっても殺されるのは嫌だ。

僕は、ほどほどに悪態ついて、適当に嫌われるジジイになりたい。