山手線の品川駅と田町駅の中間にできる新駅が「高輪ゲートウェイ駅」という駅名に決定し、これがまた大不評である。正直、僕も聞いた時、「ダセぇ名前だな」と思った。

それにしても、なぜ「ゲートウェイ」なのか。JR東日本のアナウンスによると、
古来より街道が通じ江戸の玄関口として賑わいをみせた地であり、明治時代には地域をつなぐ鉄道が開通した由緒あるエリアという歴史的背景を持っている。
ということらしい。

東京(江戸)は城郭都市ではないので、城壁が存在しない。城壁がないから門らしい門もなく、「江戸の玄関口」と言われてもイマイチピンとこない。しかし、江戸時代、高輪大木戸というゲートがここに存在し、今もその遺構が残っている。これが「ゲートウェイ」のゲートというわけだ。というわけで行ってみた。

こちらが品川方面から見た高輪大木戸跡。かつては東海道を挟んで両側にこの土手のようなものがあり、その間に木戸があったらしい。「高輪ゲートウェイ駅」のおかげか、写真を取る人がけっこう来ていた。
高輪大木戸(品川方面から見た全景)
もう少し寄ってみる。
高輪大木戸(品川方面から)
横から見たところ。
高輪大木戸(横)
田町方面から見たところ。
高輪大木戸(田町方面から)
歌川広重(安藤広重)の錦絵にも描かれている。
広重高輪大木戸
上の絵はずいぶん石垣が小さく描かれているが、実際の大きさは次の絵の方が近い。こちらも広重による。
広重高輪大木戸2
広重の絵には、肝心の木戸が描かれていない。現地にあった解説によると、江戸時代後期にはすでに廃止されていたとのことなので、広重の時代には木戸が無かったのだろう。

ここは、現在オフィスビルが立ち並んでいる殺風景な場所だが、江戸時代の絵を見ると、商店だか宿屋だかが軒を連ねていて、なかなか賑わっていたようだ。新駅による再開発で、江戸時代の賑わいを取り戻そうという目論見らしい。

だったら「高輪大木戸駅」でよさそうなものだが、それではイマイチ目立たないので、「高輪ゲートウェイ」にしたということだろう。Change.orgの反対署名(「高輪ゲートウェイ」という駅名を撤回してください:Change.org参照)が四万人を超えているので、目立つことには成功したと言えるだろう。

悪目立ちだけど。