今月も残す所あと一日、なんだかあっという間に過ぎてしまった。

クリスマスを過ぎた26日、突然トンカチで頭を殴られたように株価が暴落した。日経平均で5%、2万円をあっさり割って一時は1万8000円台に突入した。前日のニューヨーク・ダウの下げもひどく、それを受けたものである。一日でこれだけ下がったのは、リーマンショックぐらいしか記憶にない。だが、あの時と違い、落ちた理由がはっきりしない。

ところが、次の日にはニューヨークも東京もほぼ値を戻してしまった。暴落したあと戻るのはよくある現象で、「dead cat bounce(死んだ猫の跳ね返り)」と言うそうだが、いくらなんでも跳ね返りすぎである。しかし、今月はだらだらと下げていたから、大納会ではアベノミクス始まって以来、7年ぶりの前年末割れだそうだ。

来年どうなるか、このまましばらく下がっていくのか、何かの拍子に上がっていくのか、いろいろまことしやかに予想する人はいるが、どうなるかは誰にも分からない。僕にもある程度の予想はあるが、予想の責任を取る勇気はないので、それをここで開陳する気はない。

ただ、一つだけ言えることは、「ダメなときには種を撒け」ということだ。相場がいつ底をつけるかわからないが、永久に下がり続けることはない。その時のために、一番ダメそうなときに、上がりそうな銘柄を仕込んでおく。上がりそうな銘柄が分からない時は、指数ETFでも買っておけばいい。

これは、投資に限ったことではない。自分のやっていることが、どうにも上手くいかないときは、ひたすら将来へ向けて種を撒く。種はすぐには芽を出さない。ダメなときは将来的に芽が出そうなことをすればいいのだ。

人間、ダメなときに限って、すぐに結果に結びつくことをしようとするものである。ダメなときは何をやってもダメなので、もがけばもがくほど失敗が重なってしまうことが多い。おもしろいことに、時間的な余裕があるはずの若いときほど、ダメなときにムダにもがいてしまう。もったいない話だ。

僕も何度もそんな経験をしてきて、最近やっとそれが間違いであることに気づいた。僕がひたすら古典の電子テキストを作ってるのは、そんな種蒔きの一つだと思ってもらえればいい。

古典文学ほど素性のいい種はない。なにしろ最初から古いから、これ以上古くなることがない。ただ、いつになったら芽を出すか、はたして僕の目の黒いうちに芽を出すかすら分からないけど。