やたがらすナビ15週年(2004年〜2010年)
やたがらすナビ15週年(2010年〜2014年)
やたがらすナビ15週年(2014年〜現在)
のつづき。

三回に渡ってやたがらすナビの足跡をたどってきたわけだが、どうにも書きたいことを書こうとすると冗長になるし、削除するとやたらとシンプルになってしまう。まあ、その程度のことで、たいした波乱がなかったから15年も続いたのだろう。今日はこれからのことを書いてみたいと思う。

僕がこのサイトでやりたいことはいろいろあるが、だいそれたことを言わせてもらうと、古典文学を解放したいと思っている。開放ではなく解放、ここ重要。そのために、これからも電子テキストに注力していこうと思う。

人が古典文学へ興味を持つきっかけはたくさんある。授業・入試・小説・漫画・演劇・映画・ゲーム・・・それらで興味を持った人を、現状は取りこぼしていると僕は考えている。

最近経験した自分の例を語ろう。最近、中国で制作された『水滸伝』のドラマを見た(『水滸伝』にハマっている:2018年11月04日参照)。これまで『水滸伝』にはあまり興味がなかったのだが、これがなかなか面白い。原作を読んでみたくなり、電子書籍で駒田信二訳の『水滸伝』を買った。読んでみたらドラマ以上に面白い。しかし、いくつか疑問がわいたので、今度は原文が読んでみたくなった。中国のサイトを探せば、『水滸伝』の原文などゴロゴロしているから、僕はすぐに疑問を解くことができた。

疑問の一つは、39回で戴宗が梁山泊の経営する居酒屋で食べる料理である。ドラマでは「麻婆豆腐」と訳されていたのが、駒田訳では「胡麻と辛子をいれていためた豆腐」となっていて、やたらと長ったらしい。原作ではどうなっているのだろうと思った。

正解は「麻辣豆腐」。戴宗は精進料理として注文したのだが、たしかに中国の麻辣豆腐に肉は入っていない(と思う)。とはいえ、ほぼ同じものなので、訳は「麻婆豆腐」でよいだろう。駒田訳の時代は、まだ麻婆豆腐が知られていなかったので「胡麻と辛子をいれていためた豆腐」などという説明的な訳になったらしい。ついでに言うと、駒田訳では、「○○湯(○○スープ)」を「○○のお吸い物」と訳していて、なかなか味わい深い。

話を戻す。ここまで僕は『水滸伝』のために一度も家を出ていない。家にいながらにして、ドラマから和訳を経由して、中国のサーバーに入っている原文までたどりついたのである。もし、原文を読むために、大学図書館へいかなきゃならないとか、東方書店だの内山書店で買わなきゃならないのだったら、僕はそこまでして調べようとは思わなかっただろうし、原文を読んでみたいとも思わなかっただろう。

今はまずはネットで調べる時代である。すでに近代文学は青空文庫で読める。古典文学は図書館に行け、本屋に行けというのでは、興味を持った人の半数以上を失うことになるだろう。何らかのきっかけで古典文学に興味を持った人を、確実に取り込まなければならない。

そのためには、本屋や研究室から古典文学を解放しなければならない。世界中のどこでもだれでも、ネットに繋がったコンピューターさえあれば読める。そんなのは今では当たり前のことが、日本の古典文学では当たり前のことがほとんどできていないのが現状なのだ。

そのうちAIが本文を作ってくれる時代が来るとのんきに構えている場合ではない。そんな日は来ないか(AIが古典籍を翻刻する日は来るか:2018年07月07日参照)、来たとしても恐ろしく先の話だ。僕が一人でできることは本当に少ないけれども、とにかく地道に続けていくほかないと今は考えている。