今日Upした『沙石集』巻7第6話「嫉妬の心無き人の事」は、嫉妬をテーマにした短い12の説話が詰め合わせになっている。テーマがテーマだけに、なかなか面白い説話が多く、おなじみの長くて難解な説教もない。

その中でも、一番面白かったのが、この説話。
遠江国、池田のほとりに、庄官ありけり。かの妻、きはめたる嫉妬心の者にて、男をとりつめて、あからさまにもさし出ださず。所の地頭代、鎌倉より上りて、池田の宿にて遊びけるに、見参のため、宿へ行かんとするを、例の許さず。「地頭代、知音なりければ、いかが見参せざらん。許せ」と言ふに、「さらば、符(しるし)を付けん」と、隠れたる所に摺粉(すりこ)を塗りてけり。

さて、宿へ行きぬ。地頭、みな子細知りて、「いみじく女房に許されておはしたり。遊女呼びて遊び給へ」と言ふに、「人にも似ぬ者にて、むつかしく候ふ。しかも、符付けられて候ふ」と言うて、「しかじか」と語りければ、「冠者ばらに見せて、もとのごとく塗るべし」とて、遊びて後、もとのやうにたがへず摺粉を塗りて、家へ帰りぬ。

妻、「いでいで、見ん」とて、摺粉をこそげて、舐めてみて、「さればこそしてけり。わが摺粉には塩を加へたるに、これは塩がなき」とて、引き伏せて縛りけり。心深さ、あまりにうとましく思えて、やがてうち捨てて、鎌倉へ下りにけり。近きことなり。
池田の庄官(荘官・荘園の管理人)の妻は嫉妬深い女で、庄官一人では外にも出さないほどだった。地頭代が池田に来た時、宿で面会しようとしたが、例によって妻は許可しない。なんとか交渉して、「隠れたる所」≒イチモツに粉を塗ることにより許可がでた。万一浮気したら、粉が落ちるという寸法である。

地頭代は庄官の妻が嫉妬深いことを知っていたから、「よくお許しが出ましたな。では、遊女を呼んでお遊びください」と言った。庄官が「イチモツに粉を塗られていてできない」と言うと、「塗り直せばいいでしょう」と言った。

遊女と遊んで粉を塗りつけてから家に帰ると、さっそくイチモツ検査が始まった。庄官の妻は粉を削り取って舐めると、「私が付けた粉には塩が入っていたのに、これには入ってない!」と言って、庄官を押し倒し縛ってしまった。その後、嫉妬深い妻が嫌になった庄官は、妻を捨てて鎌倉へ下った。

それにしても、塗り直しを予想して粉に塩を入れるとは、なかなかすごいアイディアである。妻が粉を舐めはじめたときの庄官の顔はどんなだっただろう。束縛する女(男)というのは、現代でもよく聞く話だが、鎌倉時代にも強烈なのがいたようだ。

さて、やたナビTEXTの『沙石集』の底本には京都大学図書館蔵元和二年刊古活字本を使っている。岩波文庫『沙石集』(筑土鈴寛校訂)の底本が系統的に近い貞享三年版本なので、本文を作成する際これを参考にしているのだが、ちょっと不思議な記述を見付けた。
岩波文庫沙石集の伏せ字
赤く○を付けた所を見てほしい。同じページに三ヶ所、―――になっているところがある。初めの二つが上で紹介した説話で、最後の一つがさきほどの説話とは逆に、嫉妬深い男が女に印を付ける話である。

岩波文庫の『沙石集』は冒頭から全て読んでいるが、今のところこんな記述はなかった。元和二年本ではちゃんと本文が入っているので、貞享三年版本で―――になっているとも考えにくい(後で確認したところちゃんと入ってました)。これは伏せ字と考えるほかない。

ここに入る言葉は、最初が「隠れたる所に」、次が「こそげて、舐めてみて」、最後が最初と同じ「隠れたる所に」である。こうして並べてみると、たしかになにやら淫靡な感じがするが、わざわざ伏せ字にするほどのものでもないように思える。

「隠れたる所に」は陰部周辺を指すが、無住もちゃんと気を使って遠回しに書いている。「こそげて、舐めてみて」にいたっては、「こそげて」という以上、削り取って舐めたのだから、何もイヤらしいことではない。

岩波文庫『沙石集』(下)の初版は1943年11月なので戦時中である(僕のは1988年4月の2刷)。あるいは検閲を意識したのだろうか。それにしても、ちょっと考えすぎのような気がする。