さて、そんなわけで曽我の梅林に行ってきた(曽我梅林に行ってきた 付、壁紙参照)のだが、曽我は曽我物語でおなじみの曾我兄弟ゆかりの地でもある。

こちらは宗我神社。曽我郷の鎮守。
宗我神社
本殿の前に鏡があったので、狛犬を入れて撮ってみた。
宗我神社の鏡
山の方に城前寺というお寺がある。ここは曾我兄弟ゆかりの寺だという。
城前寺
本堂の裏に曾我兄弟の墓がある。右が養父曾我祐信と実母満江御前の墓で、左が曾我兄弟の墓。といっても、曾我兄弟の墓は全国いたる所にあって、これはその一つに過ぎない。
曽我兄弟の墓
墓の近くに、曾我兄弟がいたので、工藤祐経暗殺をそそのかしておいた。
曽我兄弟に暗殺を唆してみた
十郎(兄貴)が日和りがちなので、喝を入れた。ちなみにこの壁の向こうは保育園で、子どもたちの元気な声が聞こえていた。
曽我兄弟に喝を入れた
このお寺、道の真ん中に阿弥陀像がある。夜見たらビビるな。
城前寺の阿弥陀如来
阿弥陀像
この阿弥陀像は1736年、到誉玄達和尚が亡父の33回忌に造ったもの。亡父とは四十七士の一人、吉田忠左衛門兼亮である。仇討ちつながりだろうか。

曾我物(曾我兄弟の仇討ちを題材にした能・歌舞伎・浄瑠璃など)は現代ではいまいちマイナーだが、戦前までは誰でも知っている物語だった。曾我兄弟の墓が全国にあるのは、そのためである。戦争が終わって、GHQが仇討ち物全般を禁止。その後、どういわけか忠臣蔵だけは復活したが、曾我物は復活できなかったのだと、その昔、梶原正昭先生から聞いた。

さて、この寺の先に、近代文学の遺構として重要な場所がある。それはまた明日。