特殊な思想を持つ人が、それに反して自らを「普通の日本人」と紹介するのは、「自分と同じような差別意識を持ってほしい」という願望の現れだと思っていたが、どうもそうではないらしいということを、ニュージーランドのモスク襲撃事件で気がついた。

モスク襲撃事件の犯人は、犯行声明で自己のことを「I am just a regular White man.」と表現していたそうだ。
この言葉から、ローレル・エイトキンのRude Boy Dreamという曲を思い出した。ここでは、Rude Boy(不良みたいな意味)が、自分のことを「I'm just an ordinary man(私は普通の人間だ)」と言っている。
Everybody knows I'm a rude boy
Walking the streets of dreams.
Everybody knows I'm a rude boy
Walking the streets of dreams.
I'm just an ordinary man
With ordinary plans.
I'm just an ordinary man
With ordinary plans.
ordinaryもregularも、ざっくり訳すと「普通の」となってしまうが、どうも違いがあるらしい。

英語に自信がないので、僕の理解があっているかどうか自信がないが、ordinaryはそのへんのどこにでもあるという意味があるらしい。別の言葉で言えば「平凡な」だろうか。それに対しregularは「正常な」というような正しさのニュアンスが含まれるらしい。

たしかに「Rude Boy Dream」では、自分は人からルード・ボーイだと蔑まれているけど、本当はそのへんにいる平凡な男なんだと言っているのに対し、「I am just a regular White man.」は自分こそが白人として正常な人間だという思い上がりが感じられる。

してみると、特殊な思想の人が言う「普通の日本人」は、ordinary Japaneseではなく、regular Japaneseなのだろう。「自分は(イレギュラーな日本人とは違う)正常な日本人である」と言いたいのである。

もちろんそんなのは思い上がりであることは言うまでもない。逆に言えば、自分の思想が特殊だと分かっているからこそ、あえて普通の(regular)と言うのである。