今月の初め、ニュージランドに行っている最中に新元号が発表され、明日から平成が終わり令和になる。万葉集を由来とするという元号について、思うところがないではないが、それを語るほどの知識も材料も持ち合わせていないので、語るのはやめておく。

昭和から平成になったとき、僕は先日行った(湯島聖堂の孔子祭に行った:2019年04月28日参照)湯島聖堂にいた。元号が決まった時、先輩方が書庫から漢籍を持ってきて、「ここだ、ここだ」とか「なんだ偽書じゃねぇか、微妙だな」とか言っていたのを思い出す。その後、過激派に時限発火装置を仕掛けられたのは以前書いた(過激派に時限発火装置を仕掛けられた話:2016年09月01日)。

そういう場所だから、考案者が誰かということも話題になった。表向きは「有識者が決めた」ということになっていたのだが、この有識者、今回同様漢籍と無関係な人ばかりで、本当の考案者が別にいるのは誰の目にも明らかだった。僕たちの中では、斯文会(湯島聖堂の運営団体)の誰かだろうと噂されていたが、そのころ真相は分からずじまいだった。

最近になって、最終案に残った「平成」が山本達郎氏、「正化」が宇野精一氏、「修文」が目加田誠氏と判明した。宇野氏は当時斯文会の理事長だったから、斯文会の誰かに依頼が来るという噂は本当だったのである。もっとも、平成の対抗馬が正化・修文というのも、頭文字が昭和と同じSになってしまうから、どうにも出来レース感がある。たぶん、まだ隠されている事実があるのだろう。

今回びっくりしたのは、考案者が誰かということが、やたらと話題になっていたことだ。本人が認めたわけではないが、もう考案者は中西進氏という感じで報道されている。あれは秘密ではなかったのか。今回の改元は天皇崩御とセットではないから、そのぐらい盛り上げてもいいと言われればそうかもしれないが、どうも腑に落ちないものがある。

一方で、落選した案を提出した石川忠久氏も、依頼が来たことを認めて、早くからマスコミのインタビューに答えていた。忠久先生らしいなとは思ったが、あまりにもあっさり認めているので、ちょっとびっくりした。

それにしても、忠久先生は現斯文会理事長である。やはりあの噂は本当だったのだ。二連敗だけど。