ちょっと前に、NHKのドキュメンタリー番組で、愛媛県の縫製工場で過酷な労働を強いられるベトナム人技能実習生の番組が放送され話題になった。

18年前にお遍路に行ったとき、今治の札所の前でハンドタオルのお接待を受けた。そのとき初めて今治が国産タオルの生産地だと知った。そのころは誰しもその程度だったが、今や今治タオルといえば国産の高級タオルとしてよく知られる名前となった。ここまでくるのに相当な努力をしたことが察せられる。

しかし、よく考えてみると、これがどうにも解せない。これが農作物だったら分かる。農作物は地質や気候に強い影響を受けるから、産地がブランドになる。伝統工芸品の産地がブランドになるのも、近代化以前の歴史があり、大量生産ではないから理解できる。タオルは近代に始まった工業製品で、機械によって大量生産するものだ。地名がブランドになる理由が分からない。

工業製品なら、トヨタの自動車とかパナソニックの洗濯機だの、通常はメーカー名がブランドになる。ところが今治タオルの場合、メーカー名ではなく産地自体がブランドになっている。今治タオルを指名して買う人はいても、何と言うメーカーが作っているかを知る人はそれほど多くはない。

今治タオル工業組合のサイトを見ると、組合に入っている企業は100社以上もある。これらすべての会社が今治という地名の恩恵を受けているのだ。地名をブランドにしている以上、組合加盟だろうとなかろうと、今治のタオル関連会社のどこかで不祥事があれば、今治自体のブランドが毀損し、すべての会社の損失になるのは当然だ。

今回問題になった、ベトナム人技能実習生たちが働かされていた会社は、組合に入っている会社ではないらしい。しかし、今治のタオル関連会社であることは間違いない。今治という地名をブランドにしている以上、やったのは組合に入っていない会社だからといって無関係ではすまされない。

そもそも、大量生産の工業製品が産地をブランドにすることにムリがある。たぶん、今治のタオル業者は零細企業が多いので、単独でブランドを打ち立てることは難しいのだろう。

ならば、それぞれの企業が合併して一つの大きな会社にすればいい。そうすれば資本力も強くなるし、生産も合理化できる。安価な海外製品にも太刀打ちできるようになるはずだ。これは今治だけの話ではない。

では、なぜそうしないのか。そうしない方が経営者にとって旨味があるからである。ものすごく簡単に言えば、政治が中小企業を甘やかしているということだろう。