というわけで(昨日の記事参照)、近江商人発祥の地、近江八幡へ(5月に)行った。

近江八幡といえば近江商人。近江商人とは、江戸など近江の外で活躍した商人を指すそうだ。昨日の記事の伴家住宅のまわりには、その商人たちの家が多く残されていて、市立資料館のある旧西川家住宅は中に入ることができる。扱っていた商品は、伴家と同じ蚊帳や畳表だそうだ。

中に入ってみると、意外にこじんまりしているのに驚いた。これまで、他の地域のいくつかの豪商の旧宅に入ったが、これまで見た中では一番質素である。ちょっとした田舎なら、この程度の家はいくらでもあるだろう。さすが倹約の近江商人だ。そんなわけで、写真はこれだけ。
旧西川家住宅
さて、近江八幡といえば、青い目の近江商人こと、ウィリアム・メレル・ヴォーリズである。ご存じない方も、「近江兄弟社」とか「メンターム(メンソレータム)」とか言えば分かるだろう。なお、メンソレータムとメンタームの関係は、Wikipediaのメンソレータムの項を参照のこと。

そのヴォーリズの家がこちら。ここもなかなか質素な感じだ。残念ながら中には入れなかった。
ヴォーリズ住宅
ヴォーリズとその妻一柳満喜子が作った学校もある。かつては近江兄弟社学園だったが、知らないうちにヴォーリズ学園になってた。
ヴォーリズ学園
もちろん学校なので入っていない。

正門の左側には近江兄弟社学園の看板がある。「満喜子書」とあるので、一柳満喜子が書いたものだろう。なぜか「江」の一画目、「弟」の二画目、「社」の一画目が欠けているのはなぜだ。
近江兄弟社学園看板
この看板にわざわざ「ヴォーリズ学園に名称変更しました」とあるので、門の右側を見ると、はたしてヴォーリズ学園の看板があるのだが・・・。
ヴォーリズ学園看板
なんとなく昔の少女漫画に出てきそうな学園名だが、看板の字も少女漫画っぽい。やっぱり近江兄弟社の方がいいなあと思うのは、例の水滸伝脳だろうか。ヴォーリズは建築家としても知られ、ヴォーリズ邸もヴォーリズ学園の校舎もヴォーリズの設計である。

建築といえば、近江八幡には白雲館という洋風建築がある。
白雲館
ヴォーリズよりも古い、明治10年に建てられた学校建築である。明治10年といえば、二松学舎の創立した年だが、当時の二松学舎の校舎はそうとうボロかったそうなので、たぶんこっちの方が立派だろう。

白雲館前の横断歩道には、滋賀県名物飛び出し坊やが学生の格好をして、今にも飛び出さんばかりに構えていた。
飛び出し坊や

近江八幡といえば、八幡堀。この堀の水運によって、近江八幡は栄えたのだという。
八幡堀
振り返ってみると、「中には入っていない」ばかりである。風通しのいい伴家住宅の二階やら、この八幡堀でダラダラしてたら、時間がなくなっちゃったのだ。