本当は床屋政談なんか一回でやめておこうと思ったんだけど、今日は書くことがないから床屋政談。

昨日書いたように安倍首相は「憲法改正について少なくとも議論すべきという国民の審判は下ったと思います。」などとイキって見せたが、僕は改憲はできないと思っている。国民投票までいかないどころか、たぶん任期中に議論までもいかないだろう。

なぜ、そう思うか。

面倒くさいだけだからである。

安倍首相と支持者の一部は改憲したがっているのは間違いない。しかし、そんな人はそれほど多くない。ごく普通の国民はどっちでもいいと思っている。なんとなれば、改憲がそれほど生活に影響を与えないと考えているからである。それは投票率の低さで分かる。

政治家や役人はどうか。改憲と一口に言っても、どこをどう変えるかは立場によって違う。改憲勢力も自民・公明・維新と三つも政党が分かれているし、その上あと参議院の4議席を別の政党から連れてくるとしたら、意見はさらに対立するだろう。当然、自民党内部でも対立する。この調整はそう簡単なものではない。

憲法草案の文言は役人が作るんだろうが、憲法というものはどう解釈できるかが問題になるから、そう簡単に作れるものではない。さらに、調整が済んで改憲案がまとまったとしても、歴史上初の国民投票となれば、役人の負担はどれほどの労力になるか見当もつかない。ようするに、誰にとっても面倒くさすぎるのである。

ではその労力から、政治家なり役人なりが得られるものは何か。ちょっとえげつない言い方だが、法律や政策は金になるし票にもなる。憲法が改正されても、金にはならない。改憲派の人から票は得られるだろうが、それは思っているほど多くない。労多くして益なしである。こんなのに協力するやつはいない。

おそらく、狂信的な改憲論者を除いて、一見改憲派に見える連中でも、そのほとんどは安倍首相の宿願だから、協力しているフリをしているのだろう。そういう連中は、いざ決まりそうになるとブチ壊すものだ。実際に改憲するよりもブチ壊したほうが楽だからである。

これは北朝鮮拉致問題や北方領土問題と全く同じ構図である。ほとんどの国民が希望する拉致被害者問題や北方領土問題の解決さえできない現政府に改憲なんかできるわけがない。

まあ、あくまで床屋政談ですけどね。