世は新型コロナウィルスでもちきりである。科学の進んだ現代でも、正体がイマイチ分からない流行病は、人々にこれほどの恐怖を与える。細菌やウィルスの存在が知られていなかった時代がどうだったかは想像に難くない。その証拠に、説話集には疫病の話がよく出てくる。

昔の日本人は、疫病の正体を行疫神とか疫病神などという神様の仕業と考えた。神様である以上、人格を持っている。行疫神による何らかの意思で流行ると思っていたのである。

『今昔物語集』巻27第11話「或膳部見善雄伴大納言霊語」では、行疫神の正体が伴善男、つまり応天門の変で配流された伴大納言だったということになっている。こう書くと、伴善男が祟っているように思われるかもしれないが、そうではない。

ある時、咳の病が流行した。今で言えば流行性感冒である。ある人の家で料理人をしている男(膳部)が、夜になって帰ろうとすると、門の前に赤い服を来た高貴な男が立っている。その男はこんなことを言った。
我れは此れ、古へ此の国に有りし大納言、伴の善雄と云し人也。伊豆の国に配流されて、早く死にき。其れが行疫流行神と成て有る也。
自分は「行疫流行神」となった伴善男というのだ。だから人々に祟って感冒を流行らせていると思いきや・・・。
我れは、心より外に、公の御為に犯を成して、重き罪を蒙れりきと云へども、公に仕へて有し間、我が国の恩多かりき。此れに依て、今年、天下に疾疫発て、国の人皆病死ぬべかりつるを、我れ咳病に申行つる也。然れば、世に咳病隙無き也。我れ、其の事を云ひ聞かせむとて、此に立たりつる也。汝ぢ、怖るべからず
重い罪を犯して流されたが、それまでに受けた国の恩は多かった。だから、今年は本来もっとヤバい病気が流行るはずだったが、私が感冒ですむようにしたので、咳の病ですんでいるのだ・・・と。

行疫神は疫病を流行らせるだけでなく、病の種類を選べるらしい。それにしても、ちょっと不思議なのは行疫神の話を聞いたのが名も無き膳部だったことだ。これは『今昔物語集』の本文にも書いてある。
但し、世に人多かれども、何ぞ此の膳部にしも、此の事を告げむ。其れも様こそは有らめ。此なむ語り伝へたるとや。
あるいは膳部に何らかの意味があるのかもしれないが、それよりも身分の低い膳部の言うことさえ記録されてしまう方に注目したい。

普通ならそのへんのオッサンのヨタ話で片付けられてしまいそうなものだが、それほど昔の人々は疫病を恐れていたという証拠である。