校訂というのは、「書物の文字、語句などの誤りをなおすこと。特に、古書の本文をいろいろの伝本と比べ合わせて誤りを訂正すること(精選版 日本国語大辞典:
コトバンク
)」だが、日本の古典の場合、どの程度直すかが非常に難しい。少ないと読みにくくなるし、やりすぎると校訂を通り過ぎて改竄になってしまう。

やたナビTEXTでは、読みやすさと検索の便を考えて、大胆に校訂している。その代わり、底本の翻刻もあるので、校訂前のテキストがすぐに確認できるようになっている。

校訂のさじ加減は校訂者の方針によるのだが、基本は底本に忠実でなければならないのは言うまでもない。しかし、『古今著聞集』のテキストを作っていて、「これはどう考えてもダメだろう」という例を見付けた。

問題の箇所は、『古今著聞集』184である。
匡房卿若かりける時、蔵人にて内裏によろぼひ歩きけるを・・・
この説話は、若き大江匡房が女房たちにからかわれて「和琴を弾いてください」と言われたが、みごとな和歌を詠んで反撃したという話である。全く同じ説話がいくつかあり、とりわけ『十訓抄』3-2は細部までほぼ同じで、ここから『古今著聞集』に取り入れられたものであることは間違いない。

匡房卿はいうまでもなく大江匡房である。ところが、この説話の源流と考えられる『後拾遺和歌集』雑二938番では大江匡衡になっている。
女のもとにまかりたりけるに、あづまごとをさしいで侍りければ 大江匡衡
『古本説話集』4『今昔物語集』24-52も同様に匡衡となっている。本来、匡衡だったものが『十訓抄』で匡房になり、それが『古今著聞集』に取り入れられたのだろう。

新潮日本古典集成『古今著聞集』では本文を、
匡衡わかかりける時、蔵人として・・・
と改訂した上で、頭注に、
(前略)底本「匡房」。『後拾遺集』等により改訂。
としている。

これが底本だけが匡房で、他の諸本が匡衡になっているのならまだ分かる。集成『古今著聞集』の場合、「『後拾遺集』等」の他の作品で校訂してしまっている。これは校訂ではなく改竄といっていいだろう。

話としては匡衡の方が正しい。だが、間違いも含めて作品である。安易に間違いを直してはいけない。ここは本文を匡房のままにして、注釈で匡衡に触れるべきである。