古典を読んでいると、話の意味は分かるが、なぜそうなるか分からないということがある。

『古今著聞集』532 治部卿兼定滋野井の泉にて納涼せられけるに・・・

源兼定の納涼で、増円法眼もその場にいた。みんなで酒を酌み交わしている最中、馬允某という高齢の侍が、よぼよぼで歯もなく、ものを食べるのにも苦労しているのを見て、増円が、
老い馬は草食ふべくもなかりけり
という句を詠んだ。兼定をはじめとしたまわりの人々が、「興ある句だ」と騒いでいると、当の馬允某が、
おもづらはげて野放ちにせむ
と付けた。それを聞いて、そこにいた人々はみな苦々しく思った。

この説話には作者(橘成季)の評が付いている。
かやうの荒言は、よくよくひかふべきことなり。
「荒言」はいろいろな意味があるが、ここでは「放言」みたいな意味だろう。つまり、無責任な物言いをいうのだが、最初、馬允某の句が「荒言」だったから、「満座苦りにけり」になったと思っていた。

だとすると、馬允某の句がまずいということになる。しかし、この句のどこがまずいのかが分からない。立場の上下関係で、句を付けたこと自体がまずいのかとも思ったが、それなら「荒言」とは言わないだろう。「荒言」というからには言葉自体がダメなはずだ。

「おもづらはげて野放ちにせむ」とは、「馬具を外して野に放してやろう=仕事を辞めさせよう」という意味で、荒言というよりも、トンチが効いていてうまく付けているようにすら感じられる。それに対し増円の句は、老耄を茶化すようで「興ある句」にはちょっと思えない。もしかしたら「荒言」したのは増円ではないか。

実は、次の説話の主人公も増円である。

『古今著聞集』533 増円醍醐寺の桜会見物の時舞の最中に見物をばせずして・・・
増円は醍醐寺の花見のとき、舞を見物しないで、釈迦堂の前の桜のもとで鞠を蹴っていたところ、醍醐寺の法師に追いかけられて、痛い目にあった。あちこち逃げたが、とても嫌われて「うとめ増円(嫌われ増円)」と呼ばれた。

ここでは増円はちょっとマヌケな役回りになっている。今の注釈書では532話と533話は別の説話になっているが、本来『古今著聞集』は『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』のような標題はない。作者は一つの説話として書いたつもりのものが、あとから二分された可能性がある。しかも、宮内庁書陵部本では533話の書き出しは、「増円、醍醐寺の桜会見物の時」で始まるが、諸本は「この増円・・・」と532話を継ぐ形になっているらしい。

話が続いているのなら、増円は532話でもマヌケなキャラクターとして書かれているとみるべきだろう。やはり「荒言」は増円の句と考えたほうがよさそうだ。増円のあまり品のよくない句をみんなで喜んでいたら、バカにしていた馬允にうまい句を付けられて、クソー悔しい!と「満座苦りにけり」となった。こんなふうに逆襲されるから、荒言はひかえるべきだ。そう読んだ方がしっくりくる。

長編の物語と違い説話集は短編の寄せ集めだから、どうしてもそこだけで完結したストーリーとして読んでしまいがちだ。しかし、説話の区切りが作者の意図にそぐわない場合もある。説話集といえど、説話の前後を読まないと思わぬ読み間違いをしてしまうものである。