これは文学に限らずあらゆる古典について言えることなのだが、多くの日本人は古典の価値が分かっていない。ここでいう価値は、文化的にどうのとか情緒的にどうのとかいう、うすぼんやりしたものではない。狭義の価値、端的にいえば「お金になるか否か」ということである。

古典はちゃんとお金になる。実際、ギリシャだのイタリアだのイギリスだの中国だの、古典から大きな利益を得ている国はたくさんある。

古典の価値は絶対に古びないことである。もう十分に古びているのだから、これから何百年経とうとこれ以上は古びない。だから、何百年何千年という長きに渡って、少ないながら確実に利益を生むのである。

例えば、ある小説が大ヒットを飛ばしたとする。それがヒットした時には爆発的な利益を生むだろう。しかし、それは徐々に(あるいは急に)減って、たいがいの作品は10年もたたずにほぼ利益を生まなくなる。古典は爆発的かつ短期的な利益は生まないが、逆に少ないながらもほぼ永久に確実に利益を出し続ける。

これはどちらがいいとかいう優劣の問題ではない。短期的に大きな利益を出すか、超長期的に少ない利益を出し続けるか、性質の違いである。そして、多くの日本人は後者の長期的な利益に理解がない。ないから古典はいらないなどという輩がでてくる。

重要なことは、出し続ける少ない利益を、少しでも多くすることである。そのためには、古典を普及させること、まずはもっと古典に簡単にアクセスできるようにすることが必要だ。僕はそれが古典の価値を高める第一歩だと思ってやたナビTEXTを作っている。

ちなみに、やたがらすナビは現在月3000円ほどの利益を出している。月数百万円も稼ぐという流行りのYouTuberの足元にも及ばない。だがYouTuberは更新をやめればすぐに利益が下がるが、この3000円は僕が更新しなくても(ライバルが出現しなければ)永久に続く。実際にはこれからも更新し続けるので、少しずつ増えていくだろう。