ブログ強化月間も今日で終わり。去年は何日か書かない日があったので、なんとか暦を埋めることができたのは嬉しいかぎり。

例の運動会だが、最初に「関わりたくない」などと言っていたものの、開会式だけは最初から最後まで見てしまった。感想は、まあほとんどの人と同じである。あれなら、コロナを言い訳にして選手入場・選手宣誓・関係者の挨拶・聖火の点火だけでシンプルに終わらせておけばよかったんじゃないか。

唯一よかったのが、欽ちゃんの仮装大賞風ピクトグラム紹介だった。オリンピックの最初のピクトグラムが前の東京オリンピックからという歴史も踏まえているし、ピクトグラム自体多様性の象徴でもあるし、しょぼさも含めて見ていて楽しかった。

先日、幻のMIKIKO案なるものが文春から出た。ネットの意見を見ると、こちらの方がいいという声が多かったが、僕は大差ないと思った。

たしかにMIKIKO案はショーとして派手でまとまっていたのだが、どうにも商業主義の匂いが強すぎる。今回の演出も電通のせいで滅茶苦茶になったなどと言われているが、その点でいえばMIKIKO案の方がむしろ電通臭い。

文春の記事では、森喜朗が市川海老蔵を、小池都知事が江戸消防記念会をごり押ししたようなことが書かれていた。僕は森氏も小池氏も大嫌いだし、権力者がクリエイターに口を出すのはもってのほかだとは思っているが、MIKIKO案を見るかぎりでは、彼らが海老蔵や江戸消防記念会を入れたくなる気持は分からないでもない。

だって、AKIRAにマリオだよ。そりゃ、それぞれに好きな人もいるだろうし、海外でも知名度があるのかもしれないけど、長い歴史を持つ日本・東京を象徴するものが、AKIRAとマリオじゃあまりにも悲しすぎる。AKIRAもマリオも、古くもないし新しくもない。何もかも中途半端で、それこそ普遍性がない。歌舞伎と町火消しも安直だが、こっちのほうがまだましだ。

結局、以前書いたように(もうオリンピックには関わりたくない:2021年05月26日参照。)、開会式はリア充だけで盛り上がっている文化祭だったのだろう。しかも、途中で仲間割れしてグダグダになった、そんな印象を受けた。

このグダグダは例の運動会の開会式だけではない。今日ついに東京都のコロナウィルス感染者数が4000人を超えた。まだまだおさまりそうな気がしないし、対策も聞こえてこない。政府も都もグダグダである。