このサイト、四年ぐらい前の立ち上げ時から知っていたのだが、なかなか紹介する機会がなかった。こういうと失礼だが、これまでこの手の計画がうまくいったためしがない。なので、ある程度現代語訳の数が増えてから紹介しようと思っていたら、機を逸してしまった。

『今昔物語集』現代語訳


このサイトは、ものすごく簡単にいうと「みんなで『今昔物語集』の現代語訳をして公表しましょう」というサイトである。旗振り役は草野真一さんという編集者の方で、多くの人が参加して現代語訳(のみならず外国語訳も)を作っている。草野さんがこれを企図した経緯は、ほんやくネットを立ち上げた:シミルボンに書かれているので是非読んでほしい。

草野さんは国文学的には素人である。ボランティアで現代語訳をしている人たちも、(たぶん)素人である。現代語訳の方法も、国文学の専門家がいう現代語訳(いわゆる通釈)ではない。

だからダメだというつもりは毛頭ない。むしろ逆で、だからいい。こういう現代語訳は専門家にはなかなかできない。そして、この現代語訳を読む読者も素人である。そういう読者に必要なのは、まずは現代語訳である。

このサイトのテキストには、やたナビTEXTの『今昔物語集』の各説話へリンクが張られている。僕の作ったテキストがその任に堪えられるか、大いに不安ではあるが、興味を持った人が原文にシームレスに当たることができるようになっている。とにかく簡単にテキストが読めること、これは大きな価値である。

このサイトで、もう一つ大事なのは「みんなで」作ろうというコンセプトである。これは想像する以上に難しいことだ。人を集めることも、それをまとめるのも難しい。さらに続けるのはもっと難しい。僕が一人で黙々とテキストを作っているのは、偏屈だからではない。残念ながら僕には人を集める能がないからである。

現代語訳は古典への入口として必要不可欠なものである。次に必要なのは校訂本文と注釈、翻刻、最後が影印だろう。これは研究者が必要とするものの正反対になっている。だから研究者はこういう仕事に目が向かない。

研究者はどこかの研究機関がデータベースを公開したとか、どこかの文庫が古典籍の画像を公開したというのは賞賛する。僕も研究者くずれだからその気持ちもよく分かる。

だが、古典を下支えしているのは、こういう地道な活動である。議論をしている暇があったら、もっと目を向けるべきじゃないだろうか。