僕は昭和43年生まれのいわゆるバブル世代である。卒業してすぐ大学院に進学しその間に就職氷河期に突入したので、いわゆる就職での恩恵は受けていないがそのころの状況は分かる。

バブル世代は羨まれることが多い。しかし、ほとんどが誤解である。まず、教員の採用が氷河期以降減ったという。これは完全な間違いで、教員の採用が減ったのは就職氷河期以前からで、社会の経済状況が理由ではない。

数の多いバブル世代が就学するとともに、元祖ベビーブーマーの団塊の世代が教員になった。このころは需給ともに多かったのだが、バブル世代が教員になる時代には少子化で需給バランスがくずれた。つまり、供給(教員・教員志望者)は多いのに需要(児童・生徒)は少なくなってしまったのである。

しかも数の多い団塊の世代の教員はまだ引退する年齢ではない。こうして教員の世界は就職氷河期に先んじて氷河期に突入していたのである。当時、東京都の高校国語は一人しか採用されず、受験生の数=倍率となっていたのをよく覚えている。

しかし、一般企業は引く手あまただったから、氷河期世代に比べればずっとましだろう。僕の周りでも教員は諦め一般企業に就職した人が多かった。しかしよく考えてほしい。就職はしたら終わりではない。

バブル世代が就職してしばらくしてバブルは崩壊、会社はボコボコとつぶれた。当時は胡散臭い新興IT企業が注目を集めていた時代で、なんとかバブル崩壊の影響は免れても、続くITバブル崩壊でどんどん消えていった。

もちろん、そのスタートすらまともに切れなかった氷河期世代の人たちには同情する。しかし、バブル世代だって、たいがいはロクな目にはあっていない。羨むのはお門違いである。

一番の問題は、時代が変わったのにバブル以前のシステムを変えなかったことだろう。経済は波があるものだから、その状況で就職難の年があるのは仕方がない。しかし、一度機会を逸しただけで取り戻せないのはどう考えてもおかしい。また正規と非正規であまりに待遇が違うのもおかしい。

他の世代を羨んでいたって何も変わらない。言うべきことは「銭よこせ!」である。