最近、むっちゃ◯◯、めっちゃ◯◯という言い回しをよく聞くようになった。たぶん関西芸人の影響だと思うが、若者言葉という印象がある。

ところが、『醒睡笑』の本文を作っていたら、この表現がでてきた。ただし、「とても」のような副詞的な使い方ではなく「滅茶苦茶」の意味である。

『醒睡笑』廃忘 2 神事能のありけるに地下の庄屋の息子に稽古をさせ・・・
神事能のありけるに、地下の庄屋の息子に稽古をさせ、大夫になし、始めて舞台へ出だしける。「自然(しぜん)忘るることもありなめ」と、論議のかしら書きを仮名に書きたり。
「兼平の御最期は、何とかならせ給ふらん」と問ふ時、ちらと手の内を見てあれば、汗に流れ正体なし。肝をつぶし、「兼平の御最期は、むつちやとならせ給ひけり」と。

初めて能舞台に経つ庄屋の息子が、セリフを忘れた時のために、冒頭部分を手に書いておいたところ、いざというときに汗で消えてしまたため、「兼平の御最期は、むつちやとならせ給ひけり」と謡ったという意味である。

ちなみに本来は、
ロンギ地:実に痛はしき物語。兼平の御最期は。何とかならせ給ひける。
シテ:兼平はかくぞとも。知らで戦ふ其隙にも。御最期の御供を。心にかくるばかりなり。(半魚文庫「兼平」による。)
となるはずだった。違うにもほどがある。

それにしても面白いのは「むっちゃ」である。ここではどうも「むちゃくちゃになった」という意味で使っているようだ。「セリフを忘れてむちゃくちゃになった」とも取れるし、「兼平の最期はむちゃくちゃだった」とも取れる。おそらく両方だろう。

もう一つ思いついた。木曽義仲は深田に踏み込んで動けなくなり討たれた。自害した兼平も近くにいたのだから、深田の泥でむっちゃとなった・・・ってのはどうよ。