『一言芳談抄』の電子テキストを作っていたら、「聖(ひじ)る」という言葉が出てきた。
『一言芳談抄』128
行仙房の云はく、「あひかまへて聖るべきなり。往生の障りの中に、貪愛に過ぎたるはなし。衆悪の障り、色貪を先とす」云々
いわゆる名詞の動詞化である。「聖(ひじり)」という名詞は「日知り」に由来しているといわれる。だとすると「動詞の名詞化の動詞化」ということになる。

意味は「聖らしくすること」だろうと推測できるのだが、「あひかまへて聖るべきなり」の部分の現代語訳が面白かった。

まず、角川文庫(昭和45年8月)の簗瀬一雄訳。
遁世者は、十分に注意して、その生活態度を聖らしく保つべきです。
ちょっと付け足しが多い気がするが、『一言芳談抄』の文章は簡潔すぎて分かりにくいものが多いので、これはこれでいいのかもしれない。

次に、ちくま学芸文庫(1998年2月)の小西甚一訳。
どこまでも坊主化することだ。
なんだか妙な迫力があるけど、「坊主化」とは何ぞ。

ここで、他に用例がないか気になって、やたナビTEXTで検索してみた。動詞の場合活用するので、「聖る」で検索するのは不十分である。

そういう場合はor検索すればいい。or検索は「○○or☓☓」だと〇〇・☓☓どちらかの語が含まれるページがヒットする。具体的には、「聖ら or 聖り or 聖る or 聖れ」のようにキーワードをorで結ぶか、「聖ら|聖り| 聖る|聖れ」のように「|」で結べばよい。というわけでやってみた。

「聖ら or 聖り or 聖る or 聖れ」の検索結果

『今昔物語集』と『唐鏡』は名詞なので除外すると、やたナビTEXT所収テキストには『一言芳談抄』以外に『沙石集』に用例が1つ・・・いや2つ見つかった。

『沙石集』巻4第3話(31) 上人の子を持つ事
「上人の子は、いかにも智者にて聖りなり」と申せば、ある人、難じていはく、「父に似て聖るべからず」と。答へていはく、「さらば、一生不犯の聖をこそ。父に似て聖らんずらん」と答へて比興すと云々。
「上人」というのは仏典の漢訳で知られる鳩摩羅什のことで、後秦の皇帝姚興が彼の跡継ぎを欲しがったため妻帯させられた。だから父に似たら「聖る」かどうかが話題になっているわけだが、ここでは「聖る(終止形)」だけでなく「聖ら(未然形)」にもなっている。最初の「聖りなり」も名詞+なりというよりも、一語の形容動詞(を認めるかどうかは別として)と解すべきだろう。

最後の「比興す」は「面白がる」という意味だが、ここでは鳩摩羅什の子が聖かどうかの議論を面白がると同時に、名詞の「聖」を活用させて面白がっているのではないだろうか。