昭和なマンションから、平成なマンションに引っ越しした。

これまで家というものにあまり興味がなく、そりゃ広いにこしたことはないけど、雨風がしのげればいいやぐらいに思っていたのだが、今回の引っ越しに際して内見を繰り返すうちに、昭和までと平成以降では、家の作りように大きな考え方の違いがあることに気づいた。なお、ここでいう昭和・平成というのはあくまで便宜的な区分である。

昭和までの家はとにかく風通しを重視する。夏に大きな窓を開け放つと、風が通り抜けて、畳の上で昼寝すると気持ちいい。窓を開け放たなくても、ドアやサッシには通風口があって、どの部屋にもある程度の風が入るようにできている。反面、冬はそこから風が入って寒い。暖房を入れるなり、温かい服を着るなりして対処することになる。

日本の家は長くこの考え方が主流だった。兼好法師もこんなふうに言っている。
家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑きころ悪(わろ)き住居(すまひ)は耐へがたきことなり。(『徒然草』55段


前近代の夏は、暑さと湿気を防ぐためには風通しを良くするしかなかった。空調が発明された近代以降も、部屋ごと冷やす今のような空調は高価だったから、その状況は大きく変わらなかった。昭和までの日本人は、そういう意味で前近代の人と感覚を共有している。僕も「家の作りやうは、夏をむねとすべし」という兼好の意見はとてもよく理解できる。

ところが、平成以降の家は高気密・高断熱を指向するようになった。これは機械による換気や空調が発達して、それらを日常的に利用することが前提になっているからである。空調を効率よく入れるためには、外からの熱を遮断し風が入るのを防ぐ必要がある。

空調によって部屋の熱を屋外に放出するから、外はますます暑くなる。外がますます暑くなるから、ますます高気密・高断熱が必要となる。都市部ではすでに窓を開け放って畳で昼寝するなどという快楽を味わうのは難しくなっている。

これでまた一つ、前近代の人との感覚の断絶が進むことになる。都市部に住む若い人は、すでに兼好の言葉を正確に理解することが難しくなっているのではないだろうか。