最近、「教員にも残業手当を出すべきだ」というようなことをいう人がいる。僕はこれには反対だ。

そもそも教員には何で残業手当が出ないか。それは、教員の仕事が学校外でも行われていて、他の仕事のように時間で計ることができないからである。

たとえば、家庭科の先生が自宅で夕食を作ったとする。夕食は誰しも作るが、家庭科の先生にとっては調理実習の教材研究になる。体育の先生が休日にテニスをしたとする。普通の人がテニスをすれば遊んでいるだけだが、体育の先生がすれば教材研究である。

これらを労働時間にカウントすることはできない。これは分かりやすい例をあげたが、国語の先生が読書するとか、社会の先生がテレビでニュースを見るとか、すべての教科にいえることである。

要するに、教員の仕事を時間で区切ることはできないのである。この建前があるから、伝統的に残業手当を出さない代わりに、その分を定額で給料にインクルードするようにしている。ホワイトカラーエグゼンプションという言葉があるが、教員の世界は昔からホワイトカラーエグゼンプションだったのだ。

問題は教員の仕事が多すぎることであって、労働時間に対して給料が安いことではない。残業手当を出したとしても、仕事を減らすことが出来なければ意味がない。残業手当を出してしまえば、ますます教員の負担が大きくなる可能性もあるが、それでは問題の解決にはなっていない。

やるべきことは、残業手当を必要とするほど少ないのであれば、仕事に見合った給料を出すこと。それと、本来教員がやる必要のない仕事を別の専門家がすることだ。残業手当を出すというのは、教員の仕事の本質に外れていると僕は思っている。