毎日新聞の調査で、高市内閣の支持率が50%に下落しました。

高市内閣支持率50% 発足以来最低を更新 毎日新聞世論調査:Yahoo!News

下落したとはいえ、50%はまだまだ高いです。前回の選挙のときから思っていたのですが、私にはこの高市人気の意味が分かりません。しかし、最近ようやく分かってきました。結論から先にいうと現在の日本国民は英雄の登場を望んでいるのです。

最近の政治の世界を見ていると、個人名と政党が結びつくケースが多くなっています。立花孝志氏のNHK党をはじめ、山本太郎氏のれいわ新選組、枝野幸男氏の立憲民主党、神谷宗幣氏の参政党のなどです。安野貴博氏のチーム未来や石丸伸二氏の再生の道も含まれます。

高市氏の人気はそういう文脈の中で考えるべきです。つまり、自民党の高市氏ではなく、高市氏の自民党というわけです。高市人気で圧勝した自民党が、その後の地方選挙で負けているのもそれが理由だと思います。

かつては政党が先にあって、それを支持する人がいました。いわゆる無党派という人は昔からいましたが、それでも支持する理由は政党が掲げる政策で、その党首が誰かというのは二の次でした。しかし、今はそうではありません。政党の前に個人が来るのです。

だから、その個人が何らかの理由でいなくなったとたんに政党の支持は下がります。先に挙げた例では、NHK党・れいわ・立憲は創立者が表からいなくなったとたんにダメになりました。逆に参政党は神谷氏一人を押し出したとたんにブレイクしました。

その一方で、Xなどでは「思想がある」という不思議な言葉を目にします。最初は単純に共産主義や社会主義を省略して「思想」と言っているのかと思ったのですが、そういう人のポストをよく読むとそうではないようです。僕にとって、思想はどんな人にもあるのが当たり前です。まして政治家に思想がなかったら困ります。

政党は近い思想を持った人たちが集まった集団です。その思想に共鳴して支持する政党を決めます。無所属で選挙に出馬したとしても、「革新系無所属」とか「保守系無所属」とか、その人の思想に投票するものです。

これがどうも今は違うようです。「思想がある」人、つまり思想を打ち出す人は敬遠され、思想を隠し一見「思想がない」ように見える人の、人柄だの雰囲気だのやる気だのを支持するようです。そのパーソナリティを支持し、政治の内容は丸投げしていることになります。

たぶん、日本国民は政治を丸投げできる英雄を探しているのでしょう。党首が何らかの理由でいなくなった政党が落ち目になるのはそのためです。高市氏の不可解な人気も、彼女が英雄と見られているからです。ですから、党首討論に参加しなくてもマスコミのインタビューにまともに答えなくても、高市氏は英雄だから支持率は下がりません。

近代以前は英雄が政治を執る時代でした。近代以降もそういう英雄が何人も現れています。その中には英雄と讃えられたまま政治生命を終えた人もいれば、逆に世界を滅亡一歩手前まで追い込み、最後は自分も滅びた人もいます。

問題は後者です。英雄の政治は、悪政になると世界中の人を巻き込んで悲惨なことになります。現代の政治システムが英雄が出にくいようになっているのはそのためです。政治家個人に政治を丸投げするのはとても危険なことです。国政でも地方政治でも、政治家の思想に目を向けるべきです。