『水滸伝』の続編『水滸後伝』を読みました。
東洋文庫『水滸後伝 1』(鳥居 久靖訳):amazon
『水滸後伝』は『水滸伝』の成立後100年以上後になって書かれた続編なので、二次創作とも言えます。ストーリーをものすごくざっくりいうと、かつて梁山泊に集った百八星の生き残りが紆余曲折を経て再び集い、これでもかっていうぐらいのハッピーエンドを迎えます。ちょっとざっくり過ぎましたかね。
『水滸伝』のエンディングは悲劇的なものですが、『忠臣蔵』みたいに全員滅亡するようなさっぱりした悲劇ではなく、108人のうち35人が生き残ります。清代には金聖嘆という人によって、梁山泊に好漢が集結したところで全員死んで終わる(ただし夢オチ)という70回本が作られ、中国ではそれが流布しました。勝手にぶった切っちゃうなんてむちゃくちゃですが、全員死んで終わりにしたい気持ちは分からないでもありません。
実際の『水滸伝』では梁山泊軍団崩壊後、生き残った人たちがその後どうなったかまで事細かに書かれています。そのうち、混江龍の李俊は暹羅(シャム)の島に渡ってそこで国王になったとあります。『水滸後伝』はこれをもとにして書かれました。ですから、梁山泊の生き残り+αが最終的に結集するのは暹羅ということになります。
登場する人物は李俊を中心とした百八星の生き残りですが、すでに亡くなっている好漢の子供や、生死不詳のかつてのライバル、さらにはモブキャラまで登場し、ストーリーにちゃんとかかわってきます。それぞれのキャラクターがうまく使われているのも、わざとらしく思い出話をするのも『水滸伝』ファンにはたまりません。
梁山泊崩壊の直後、史実では宋(北宋)は金に攻められ実質的に滅亡します。徽宗・欽宗と皇族そして梁山泊の宿敵だった官僚らは北方に連行され、欽宗の弟高宗によって現在の杭州に南宋が建てられます。『水滸後伝』では金とのからみや徽宗や奸臣との再会もあります。杭州といえば梁山泊軍団が最後に方臘と戦った地で、生き残った武松が六和寺で寺男をやっている土地ですが、この設定もちゃんと生かされています。
我々日本人にとって見逃せない話もあります。梁山泊の生き残りが集結する暹羅(シャム)は本来なら現在のタイですが、ここでは台湾付近を連想させる架空の島になっています。ここでの一悶着に日本の薩摩が関わってきます。軍を率いるのは、なぜか日本の最高権力者である〈関白〉です。そんな偉い人が軍隊を率いてくるわけないんですが、昔の外国映画に描かれる日本みたいな解像度の低さがたまりません。
これが梁山泊残党にとって最後の戦になるので、薩摩軍はいかにも強敵という感じで登場するのですが、なんとたった一人の好漢の手よって瞬殺されます。そんなことができる好漢は、『水滸伝』ファンならピンとくるでしょう。方臘戦には参加しなかったあの好漢に対して花をもたせてあげようというのでしょうか。
それにしてもこの終わり方はあまりにあんまりです。『水滸伝』で方臘が魯智深に捕まったときも瞬殺でしたから、あるいはそのオマージュかもしれません。その後、悲劇的なエンディングをむかえる『水滸伝』とは対照的に、梁山泊の残党は過剰なほどのハッピーエンドを迎えます。
というわけで、『水滸後伝』は『水滸伝』ファンには間違いなく楽しめる作品です。逆にいうと、『水滸後伝』から読むのはオススメしません。できれば『水滸伝』を最低3回ぐらい通読してから読むのがいいと思います。
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『水滸後伝』は『水滸伝』の成立後100年以上後になって書かれた続編なので、二次創作とも言えます。ストーリーをものすごくざっくりいうと、かつて梁山泊に集った百八星の生き残りが紆余曲折を経て再び集い、これでもかっていうぐらいのハッピーエンドを迎えます。ちょっとざっくり過ぎましたかね。
『水滸伝』のエンディングは悲劇的なものですが、『忠臣蔵』みたいに全員滅亡するようなさっぱりした悲劇ではなく、108人のうち35人が生き残ります。清代には金聖嘆という人によって、梁山泊に好漢が集結したところで全員死んで終わる(ただし夢オチ)という70回本が作られ、中国ではそれが流布しました。勝手にぶった切っちゃうなんてむちゃくちゃですが、全員死んで終わりにしたい気持ちは分からないでもありません。
実際の『水滸伝』では梁山泊軍団崩壊後、生き残った人たちがその後どうなったかまで事細かに書かれています。そのうち、混江龍の李俊は暹羅(シャム)の島に渡ってそこで国王になったとあります。『水滸後伝』はこれをもとにして書かれました。ですから、梁山泊の生き残り+αが最終的に結集するのは暹羅ということになります。
登場する人物は李俊を中心とした百八星の生き残りですが、すでに亡くなっている好漢の子供や、生死不詳のかつてのライバル、さらにはモブキャラまで登場し、ストーリーにちゃんとかかわってきます。それぞれのキャラクターがうまく使われているのも、わざとらしく思い出話をするのも『水滸伝』ファンにはたまりません。
梁山泊崩壊の直後、史実では宋(北宋)は金に攻められ実質的に滅亡します。徽宗・欽宗と皇族そして梁山泊の宿敵だった官僚らは北方に連行され、欽宗の弟高宗によって現在の杭州に南宋が建てられます。『水滸後伝』では金とのからみや徽宗や奸臣との再会もあります。杭州といえば梁山泊軍団が最後に方臘と戦った地で、生き残った武松が六和寺で寺男をやっている土地ですが、この設定もちゃんと生かされています。
我々日本人にとって見逃せない話もあります。梁山泊の生き残りが集結する暹羅(シャム)は本来なら現在のタイですが、ここでは台湾付近を連想させる架空の島になっています。ここでの一悶着に日本の薩摩が関わってきます。軍を率いるのは、なぜか日本の最高権力者である〈関白〉です。そんな偉い人が軍隊を率いてくるわけないんですが、昔の外国映画に描かれる日本みたいな解像度の低さがたまりません。
これが梁山泊残党にとって最後の戦になるので、薩摩軍はいかにも強敵という感じで登場するのですが、なんとたった一人の好漢の手よって瞬殺されます。そんなことができる好漢は、『水滸伝』ファンならピンとくるでしょう。方臘戦には参加しなかったあの好漢に対して花をもたせてあげようというのでしょうか。
それにしてもこの終わり方はあまりにあんまりです。『水滸伝』で方臘が魯智深に捕まったときも瞬殺でしたから、あるいはそのオマージュかもしれません。その後、悲劇的なエンディングをむかえる『水滸伝』とは対照的に、梁山泊の残党は過剰なほどのハッピーエンドを迎えます。
というわけで、『水滸後伝』は『水滸伝』ファンには間違いなく楽しめる作品です。逆にいうと、『水滸後伝』から読むのはオススメしません。できれば『水滸伝』を最低3回ぐらい通読してから読むのがいいと思います。





