カテゴリ: 外国文学

日本人にとって紹興といえば紹興酒だが、魯迅の故郷でもある。で、魯迅といえば、多くの人が中学生時代に国語の授業で読んだ「故郷」だろう。なにしろ、中学3年生用の教科書で「故郷」が入っていないものはない。紹興は「故郷」の舞台である。

魯迅『故郷』(井上紅梅訳):青空文庫

上のリンクは井上紅梅による青空文庫のものだが、以下の訳は、岩波文庫『阿Q正伝・狂人日記(吶喊)』(魯迅作 竹内好訳)によるもので、教科書に取り上げられたものと同じある。

物語は、主人公が船に乗って故郷に帰るシーンから始まる。

きびしい寒さのなかを、二千里のはてから、別れて二十年にもなる故郷へ、私は帰った。
もう真冬の候であった。そのうえ故郷に近づくにつれて、空模様はあやしくなり、冷い風がヒューヒュー音を立てて、船のなかまで吹きこんできた。苫のすき間から外をうかがうと、鉛色の空の下、わびしい村々が、いささかの活気もなく、あちこちに横たわっていた。
この船、どんな船だろうか。終わりの方では、こんな描写も出てくる。
母と宏児とは寝入った。私も横になって、船の底に水のぶつかる音をききながら、いま自分は、自分の道を歩いているとわかった。
僕が初めてこれを読んだ時には、小型漁船ぐらいの大きさだと思っていた。なにしろ大人二人と子供一人が寝られる大きさである。ところが、現物はこんな感じ。
船
僕のカヤックよりちょっと大きい程度のボートである。よく見ると、カマボコ型の部分が竹か何かで編まれたカゴのようになっていて、現物を見ると「苫のすき間から外をうかがう(从蓬隙向外一望)」や「船の底に水のぶつかる音をききながら(听船底潺潺的水声)」という意味がよく分かる。

上の写真は、泊まったホテルの中庭にあった一種の置物だが、一歩外へ出ると、観光用として今でも乗ることができる。乗ったことはないが、これなら苫のすき間から外をうかがうことも、寝転がって水のぶつかる音を聞くこともできそうだ。
観光船

主人公の故郷の家の入口は、こう描写されている。
明くる日の朝はやく、私はわが家の表門に立った。屋根には一面に枯草のやれ茎が、折からの風になびいて、この古い家が持ち主を変えるよりほかなかった理由を説きあかし顔である。

魯迅故居表門
ここから家の屋根は見えないので、この「屋根」とは家の屋根ではなく、門の屋根である。原文では「瓦楞」となっていて、これは瓦が並んでいる部分のことらしい。

主人公と閏土が初めて会うのは、台所である。
ある日のこと、母が私に、閏土が来たと知らせてくれた。飛んでいってみると、かれは台所にいた。
別れるのも台所。
閏土も台所の隅にかくれて、いやがって泣いていたが、とうとう父親に連れてゆかれた。
で、その台所がこれ。
台所
たしかに隠れたくなる感じがする。

閏土の田舎での生活の話を聞いて、驚嘆する都会っ子の主人公。
閏土が海辺にいるとき、かれらは私と同様、高い屏に囲まれた中庭から四角な空を眺めているだけなのだ。(闰土在海边时,他们都和我一样只看见院子里高墙上的四角的天空。)

印象的なシーンだが、これも日本人にはちょっとピンと来ない。日本の家のほとんどは屏に囲まれていないし、囲まれているほどの家は、大邸宅だから空は四角くない。

しかし、ほとんどの中国の家は高い屏で囲まれている。その上、魯迅の家は幅が狭く奥行きのある敷地に、中庭を挟んで、家がいくつも並んでいる形式なので、中庭の空はたしかに四角く見える。
屏 

この物語には、二回帽子が出てくる。
つやのいい丸顔で、小さな毛織りの帽子をかぶり、キラキラ光る銀の首輪をはめていた。
頭には古ぼけた毛織りの帽子、身には薄手の綿入れ一枚、全身ぶるぶるふるえている。

前者は子供のころの閏土、後者は大人になって再会したときの閏土である。この対比によって、閏土の変わりようがわかるのだが、この「毛織りの帽子」は原文では「毡帽」となっている。黒い厚手のフエルトでできた、この地方独特の帽子である。
烏毡帽をかぶったオッサン
僕もかぶってみた。
かぶってみた
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グラハム・ハンコックの『神々の指紋』Kindle版がなんと10円で売っている。上下買っても20円。いわゆるトンデモ本だが、90年代のベストセラーである。20円なら買ってもいいかと思って、読み始めたのだが、これがなかなか進まない。

予想以上につまらないのである。それでもがんばって最後まで読んでから書こうと思ったが、これでは永久に終わりそうにない。まだ上巻の3分の1ほどしか読んでいないが、つまらない理由を書く。

『神々の指紋』は、世界各地の遺跡から、四大文明以前の超古代文明の存在を解き明かすというような内容である。第一章は、1513年の地図に、当時発見されていない南極大陸が、しかも氷のない地形まで事細かに書かれていたということから、有史以前に南極大陸に文明があったというものなのだが、まずこれがいけない。

「南極大陸に超古代文明があった」というと、ラヴクラフトの『狂気の山脈にて(At the Mountains of Madness)』を思い出してしまうのだ。

『狂気の山脈にて』は、南極大陸を探検した一行が、太古の文明の痕跡を発見し、それを探索するうちに、人類以前(どころか生命誕生以前)に地球を支配していた、奇怪な宇宙生物を発見するというようなストーリーで、言うまでもなくフィクションである。『神々の指紋』はノンフィクションということになっているので、当然「古のもの」も「ショゴス」も出てこない。

つづけて、中南米の遺跡から、スペイン人に滅ぼされた原住民により崇拝された超古代文明をさぐる。遺跡に痕跡を残すとか、崇拝されるとか、これまたどことなくクトゥルー神話くさいのだが、もちろん超古代文明の主役は、奇想天外な姿をした邪神ではなく、ヒゲの生えた体の大きい白人だそうだ。彼らは高度の文化を持っていて、中南米の原住民の先生になったという。ますますつまらん。

旧来の学問に挑戦するノンフィクションという体だから、さすがに名状しがたい宇宙生物を出すことはできないのは分かるが、壮大な証拠を積み重ねているわりには、出てくる結論がいちいちショボい。ヨタならヨタらしく、もっと壮大な法螺を吹いてほしい。いくら読んでも、劣化したクトゥルー神話である。

超古代文明は、現代に至る歴史とは断絶しているから、超古代文明となる。一般の歴史と違い、現代に繋がらないから興味が持てない。このあと読み進めれば、繋がってくるのかもしれないが、現代とは断絶した超古代文明の主役が、ヒゲの生えた白人のオッサンでは、どうにも興味が持てないのである。
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僕が最初にkindleでお金を出して購入したのは、創元推理文庫のラヴクラフト全集である。電子書籍自体を初めて買ったのがBookLiveの『這いよれニャル子さん』だった(逢空万太『這いよれ! ニャル子さん』を読んだ:2012年07月25日)ので、記念すべきkindle最初の買い物をラヴクラフトにしたのである。この時はまだ2巻までしか出ていなかった。



このラヴクラフト全集、最近、3巻4巻が出たので読んでみた。2巻まで読んだ時にはよくわからなかったのだが、3巻以降でやっとラヴクラフトが描く「恐怖」の正体が分かった。

ラブクラフト(Howard Phillips Lovecraft)はアメリカのホラー小説作家である。1890年生まれで、日本の作家だと芥川龍之介(1892年生まれ)などの大正文学作家と同世代になる。ただし、ラヴクラフトの場合は、生前はそれほど評価されなかったようだ。

作品の多くは、人類が誕生するはるか以前に、宇宙からやってきた知的生命体が繁栄しており、ほとんどは絶滅、もしくは異星に去ったが、その名残や生き残りが遺跡や伝説、宗教として残っており、現代人に何らかの悪影響を及ぼすという筋になっている。ここで我々日本人は生命体の姿や、「悪影響を及ぼす」に恐怖を感じるが、ラヴクラフトの描こうとした恐怖の本質はそこではない。

ラブクラフトの作品は「クトゥルフ神話」などといわれるが、この「神話」がミソである。

「宇宙からやってきた生命体」は現在の人間とはかけ離れた、「名状しがたい」姿をしている。キリスト教の観念では、人間は神によって、神に似せて作られたということになっている。神によって作られた人類以前に、人類と同等の文明なんかあってはいけないのである。それが存在し学問的に証明されるというのが、ラヴクラフトの描く恐怖の根本になっている。

生命体が人間とよく似た姿をしていれば何も問題はない。それは神が神自身に似せて作りたもうたものであると解釈できるからである。ところが、彼らは明らかに神の作ったものではない、人間とはかけ離れた〈名状しがたい〉姿をしているから恐怖となる。

「冒涜的な」という言葉がやたらと出てくるのも最初はよく意味がわからなかったが、これはキリスト教の神を冒涜しているという意味である。人類誕生以前に、人類と同等かそれ以上の文明をもった生命体がいたというのは、キリスト教の観念からすると「冒涜的」以外の何者でもないのだ。

この宇宙の神秘を垣間見るのは、学者だというのも象徴的だ。西洋の学問はキリスト教の観念との戦いで発展していった。アメリカではいまだに進化論だけでなく創造論を教えるべきだという保守派がいるというのはよく知られている。

チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を刊行したのが1859年、ラヴクラフトの生まれる30年前である。ダーウィンの提唱する進化論は、神が人間を作ったというキリスト教的な世界観を打ち壊す、まさに〈冒涜的な〉ものだった。この、科学によって自らが信じる〈真理〉が打ち破られる恐怖は、いまだに続いているのである。

キリスト教は聖書を解釈する宗教である。聖書は絶対的に正しいことが書かれており、それを正しく解釈することこそがキリスト教のテーマになる。西洋で文献学が確立されたのも、聖書の正しい本文を得るためである。

しかし、もとにするのが数千年前に書かれたものだから、科学の進歩とともにどうして解釈だけでは解決できない問題がでてくる。そういった矛盾がラヴクラフトの宇宙的恐怖であり、学校で創造論を教えるべきと主張する人たちである。

一方、仏教は理屈をこね回して論理を構築する宗教である。時代に合わなくなって、問題が出てくれば、そこは理屈で回避する。もちろん、経典の解釈もないわけではないが、論理の構築によって新たに経典を作ることも厭わない。その結果、たくさんの経典ができた。それが仏教的な観念と論理的に整合していれば、たとえ偽作でもかまわないのである。

仮にクトゥルフ神話のように、人類誕生以前に異星からきた文明があったとしても、仏教的な考え方では、前世の前世のそのまた前世の・・・・で済まされてしまう。自称無宗教でも、無意識のうちに生まれ変わりを信じる日本人には、ラヴクラフト作品の本当の怖さは理解できないのである。
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『ガリバー旅行記』ほど、題名とあらすじは知られているにも関わらず読まれていない小説はないだろう。かくいう僕も通読したことがなかった。

この作品の不幸は、本来社会風刺小説であるのに、子供向きの小説として紹介されてしまったからである。そのためファンタジーの要素ばかりが目立ち、本来の社会風刺としての側面が軽んぜられてしまった。

18世紀のイギリス人、スイフトによって書かれたこの小説は、当時のイギリス社会とそれを取り巻く世界を風刺したものだが、悲しいかな現在でもこの皮肉は十分に通じる。青空文庫版は被爆作家の原民喜訳である。

ガリバー旅行記:青空文庫


ガリバーは船乗りで、事故により遭難して小人国、大人国、飛島(空を飛ぶ島)、馬の国の不思議な四つの国を旅する。これらの国は、その名が示す通り、小人が住む国、巨人が住む国、空を飛ぶ島、知性を持った馬が住む国である。

これらの国は架空のものだが、すべて現実世界の風刺になっている。例えば、小人国(リリパット国)は玉子の割り方をめぐって隣国ブレフスキュ国(これも小人の国)と戦争をしている。これは直接的にはイギリス国教会とフランスカトリックの争いを意味しているらしいが、つまらない野望と建前が戦争の根幹にあるというのは、どの戦争にも当てはまることだろう。

ヨーロッパ史の知識に暗いので、何を風刺しているかは具体的にはよく分からなかったが、戦争とか人間の欲とか、すべて普遍性のあることがテーマになっているので、そんな知識がなくっても理解できる。

そして、これを原民喜が訳していることは大きな意味のあることだ。青空文庫版は最後に訳者によるあとがきが収録されており、原民喜の『ガリバー旅行記』に対する思いがつづられている。

それとは別に、いくつか興味を引かれる内容があった。

まず、ガリバーが遭難した後、それぞれの国に行ったときに、言葉が全く通じないということである。ガリバーは誰かに教えてもらったり、独学で学んだりして言葉を学ぶ。その過程や言語の特徴も非常に細かく描かれる。
ところで、この国では、学問も古くから非常に発達していますが、たゞ、文字の書き方が、実に風変りなのです。ヨーロッパ人のように、左から右へ書くのでもなく、アラビア人のように、右から左へ書くのでもなく、中国人のように、上から下へ書くのでもなく、かといって、下から上へ書くのでもありません。リリパット人は、紙の隅から隅へ、斜めに字を書いてゆくのです。

自分の国の言語が他の国では通じない。これは当たり前のことなのだが、日本のファンタジーなどで、異世界なのに日本語が通じたり、妙な薬を飲むだけで通じるようになるのに比べると、はるかにリアルに感じる。スイフトにとって、言語の問題は省略できないものだったのだろう。

もう一つは、日本と日本人が何度かでてくるということである。

ラピュタの帰り、ガリバーはオランダ人になりすまして日本に来る。ここで皇帝(江戸なので徳川将軍)に会い、貿易港長崎までの護送を願う。その際、ガリバーは踏絵の免除を願い出る。

四つの架空の国ほどではないにせよ、かなり詳細に書かれており、当時のイギリス人が日本に対してどんな印象を持っていたかが分かる。
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前のエントリで、岩波書店をくさしたので、お詫びに本の紹介を。

郭沫若『歴史小品』(平岡武夫訳・岩波文庫)を読んだ。先日のシグマ書房閉店セールで買ってきた本である。



内容は『歴史小品』という題名の通り、中国古代史に登場する人物を題材にした、八編からなる短編小説集である。出版されたのは1936年。

取り上げられている人物は、老子・荘子・孔子・孟子・始皇帝・項羽・司馬遷・賈長沙の八人で、この順番に並べられている。

後半(賈長沙はよくわかんないけど)は歴史小説によく出てくる人物だが、前半の老子から孟子まではなかなか小説では見ない人物である。

とりわけ最初の老子は伝自体が少なく、実在すら疑われてすらいる。『史記』に描かれる老子は、国が衰えたのを機に周を去り、函谷関で関令の尹喜に会い、尹喜の求めに応じて『老子道徳経』を書き、どこへともなく去ったという。

『歴史小品』の第一話「老子函谷関に帰る」では、函谷関から消えた後の老子を描く。

老子は砂漠をさまよった後、再び函谷関に帰って、尹喜に再会する。尹喜は尊敬する老子に再会できたことを喜ぶが、老子は過酷な旅の間に考えが変わり、それまで自分が言ったことをすべて否定し、尹喜の持っていた『老子道徳経』を取り上げ去って行く。

得体のしれない聖人、老子が妙に人間的な人物になっているのである。それに呼応するように尹喜も俗物になり老子を罵る。

一歩間違えるとパロディか何かになってしまうが、そこは郭沫若先生。フィクション以外の部分はしっかり資料に基づいて書かれているので、そういうこともあったのかなという気にさせられる。

たぶん、老子が一番最初になっているのは、これがフィクションであることを明確にするためだろう。もし注釈がなかったら、僕のように中国古代史に暗いものには、どこからどこまでが創作か分からない。

荘子以下も中国古代史の聖人・英雄といわれるような人の、人間的な弱さを描く。荘子は友情の浅さを嘆き、孔子は自分の威厳が保たれたことを安堵し、孟子は妻との別れを惜しむのである。

これが森鴎外のいう「歴史離れ」なのだなと思った。郭沫若の思想とか、政治的背景とかいろいろありそうだが、単純に歴史小説として面白かった。
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昨日のエントリにも書いたように、パリと言えば凱旋門・エッフェル塔だが、もっと大事なものを忘れてないか。

ルーブル美術館、オルセー美術館などの美術館、ノートルダム大聖堂・・・いろいろあるが、やはりパリといえば下水道。『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャンがマリユスを背負って逃げたのであまりに有名である。ゴルゴ13もルパン三世もここを逃げた記憶があったりなかったり・・・。

パリには下水道博物館(Egouts de Paris)といって、このあまりにも有名な下水道の一部を見られる場所がある。ここに行かずしてどこに行く。

場所はアルマ橋(Pont de l'Alma)のたもとで、大きな表示が出ているので、行けばすぐにわかるのだが、どういうわけだか頼みの綱のGoogleMapがおかしな場所を示していて、一つ手前の橋のたもとを小一時間さまよってしまった。なにしろ地下にあるので、間違っていることにすらなかなか気づかなかったのである。なお、下の地図は正しい位置を示している。


大きな地図で見る

入口はこのキオスクみたいな所。パリミュージアムパスで入れる。
下水道博物館入口


入ってすぐはこんな感じ。上から水が滴っている(たぶん下水ではない)のがイヤな感じ。この時点では「ちょっと臭うな」という程度なのだが・・・
下水道博物館(導入)


さらに奥に入ると、ホンモノの下水が滔々と流れている。ジャン・バルジャンはこんなところを逃げたのだと思うと感動する。が、とにかくウ○コ臭い!ここなら安心して屁がこける。
パリ下水道1


こちらは見学者立ち入り禁止の場所。ゴーゴーと滝のような音がする。撹拌されているから、くちゃい!くちゃい!
パリ下水道2


ホンモノの下水道なので、マンホールもある。マンホールを下から覗いたのは生まれて初めてだ。
マンホール


一応、申し訳程度に展示物もある。なぜかデヴィッド・ボウイに似ている労働者がいた。
工人


展示コーナー。パリ下水道の歴史とか、作業員が使っていた道具、ジャン・バルジャンがどこを通ったかなんてことが展示されている。でも、パネルの下(つまり足元)には下水が流れていてくちゃい!
展示物


これはクリーニングボール。木製の玉っころで、さまざまな大きさがあり、これで下水道を掃除するらしいが、こんなでかいのどうやって引っ張ったんだろう。
クリーニングボール


入ってから、地上にでるまで30分ぐらいかかる。そろそろ娑婆に戻りたくなったことに出られるという寸法で、なかなか気が利いている。たぶん世界一臭い博物館だろう。
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どういうわけだか読む機会を失ってしまう本というものはあるもので、僕の場合『嵐が丘』はその代表的な作品である。

僕が高校生のころ、「愛の嵐ブーム」という不思議な流行があった。

『愛の嵐』というのは普通は高校生が見ないような昼ドラなのだが、別に申し合わせたわけでもないのに、夏休み明けたらみんなが『愛の嵐』を見ていたのである。この『愛の嵐』の原作が『嵐が丘』である。

『愛の嵐』は衝撃的に面白かったので、僕はすっかり『嵐が丘』を読んだものと勘違いしていた。僕の中ではヒースクリフは渡辺裕之以外の何者でもなかったのである。

だが、せっかく今年の夏、ハワース(Haworth)に行ったので、読んでみた。これが意外にも面白かった。



さて、小説には読書感想文を書きたくなる小説と、論文を書きたくなる小説がある。例えば、漱石の作品だと『我が輩は猫である』は感想文を書きたくなる小説だが、『こころ』は論文を書きたくなる小説である。

『嵐が丘』は論文が書きたくなる小説である。「どちらかといえば」ではない。

登場人物は、まともな人物は狂言回しのネリーとロックウッドぐらいで、あとはどうにも共感できない人物ばかり出てくる。中でも主人公のヒースクリフが一番共感できない。だから、感想文が書きにくい。

それなのに、ついつい読んでしまうのは、緻密に考え抜かれたプロットと、巧みな人物描写、心理描写があるからだろう。この作品、よく恋愛小説としてとらえられているけど、どうも違うような気がする。じゃあ、何小説かっていわれてもうまく言えないんだけど、少なくとも主たるテーマは恋愛ではないだろう。

『嵐が丘』で論文が書きたくなるのは、多くの謎があるからである。たとえば、話のモチーフに生まれ変わりがあるように思えること。エミリ・ブロンテの父親は牧師で、ブロンテ姉妹は牧師館にすんでいた。キリスト教には生まれ変わりはないので、これは奇妙である。

また、信仰心(もちろんキリスト教)の篤いヨーゼフという下男が出てくるのだが、これが実にイヤなやつとして描かれている上に、それほど必要なキャラクターでもない。なぜ、こいつを出す必要があるのか。

まあ、こういう僕が思いつくようなのは当然研究されているのだろうが、素人の僕がちょっと読んだだけでも、いろいろナゾがでてくるのである。

さて、ところで主人公のヒースクリフだが、最後まで読んでも、やっぱり頭に浮かぶのは渡辺裕之だった。

最後に、僕が撮ったハワース写真をどうぞ。クリックするとPicasaに飛びます。

ハワース(Haworth)
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昨日のエントリで書いた、教会のわきの道を抜けると、『嵐が丘』のモデルになった荒野がある。

小道


教会のわきの道。この横には羊さんが草を食んでいる。これを抜けると・・・。

田園風景


イギリスらしい田園風景が広がり、やがて

ヒース(heath)


こんな風景が広がる。これをヒース(heath)という。『嵐が丘』の主人公、ヒース・クリフ(『愛の嵐』の渡辺裕之)の由来である。

日本語では荒地と訳されるが、この時期では花が咲いていて、荒地という感じではない。このピンク色の可憐な花もヒースという。

ヒース(heath)


ヒースには小道がついている。こういう散歩道をパブリック・フットパス(public footpath)といい、イギリスの農村部のいたる所にあるそうだ。荒地というぐらいで、何にもないが、気候がいいので歩いていて気持ちいい。散歩している人が結構いて、ハローとあいさつを交わす。

パブリック・フットパスには道しるべがある。とりわけ、ハワースは日本人観光客もよく来るらしく、道しるべには日本語が・・・。
道しるべ


あっても意味ねぇ!

さて、あこがれの嵐が丘に来て、わが女王様はご満悦の体で、へんなポーズをとっている。

ヒースと女王様


こちらは別の女王様。なぜかモデル立ち。しかし、結構寒いのによくヘソ出してられるなー。

別の女王様


とりあえず、やることがないので、見えない何かと戦う下僕。

見えない敵と戦ってみた


ところどころに埋まっている本のオブジェ。ブロンテ姉妹と関係あるんだろうけど、何を狙ったものか皆目見当がつかない。

本のオブジェ


実はこの道の先に、ブロンテ滝というのがあるらしいが、さすがに時間がなかった(この時点で午後6時を回っていた)のでやめた。
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さて、いよいよブロンテ姉妹の故郷ハワース(Haworth)へ。

もちろん、僕はブロンテ姉妹について詳しくない。『嵐が丘』と言われても、「ああ、あの愛の嵐の原作ね」という程度だ。なので、これから知ったようなことを平然と書くが、故伊藤漱平先生からいただいた『新潮世界文学辞典』を読んでいる。

なのになぜ行ったか。女王様がどうしても行きたいといったからである。

泊まったところは、The Old RegistryというちょっとすてきなB&B。Registryっていうと、Windowsのアレみたいだが、登記所のこと。もともと登記所だったところを改造して使っている。

OldRegistry


この左側の道路を上がっていくと、ブロンテ博物館(Bronte Parsonage Museum)に至る。

ベッドはこんな感じ。ただし、これは女王様専用で天蓋つき。下僕はここには寝かせてもらえない。

女王様のベッド


下僕用はこちら。同じ部屋の隅っこにある。
部屋そのものはかなり狭いが、もう一室バスルームがある。

下僕のベッド


ブロンテ博物館に至る道は、観光客でごった返している。ところどころにいるオッサンはみんな下僕。

メインストリート


途中に教会がある。ブロンテ姉妹の父親と、シャーロットの夫はこの教会の牧師だった。ただし、この教会は当時のものではないらしい。

教会


この教会の入り口付近にBLACKBULLというパブがある。ここが、ブロンテ姉妹唯一の男の兄弟(長女シヤーロットの下)、パトリック・ブラウンウェルが通ったパブ。ブラウンウェルは画家だったが、ここで酒を飲みすぎて(アヘンもやってたとか)死んだ。

BLACKBULL


こちらがブロンテ博物館。
ブロンテ姉妹が住んだ、いわゆる牧師館はここである。たくさんの女王様と下僕がいた。ここの内部は写真撮影は禁止である。

ブロンテ博物館


『嵐が丘』の丘にも行ってきたのだが、それはまた明日。
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イギリスにいる間に、一泊でブロンテ姉妹の故郷、ハワース(Haworth)に行った。

ちなみにハワースはこちら。


大きな地図で見る

ロンドンのキングスクロス(Kngscross)から電車に乗って、リーズ(Lees)を経由し、キースリー(Keighley)へ。ここからは、The Keighley & Worth Valley Railwayという、機関車トーマスみたいな汽車ぽっぽでハワース(Haworth)へ。

この汽車ぽっぽ、夏しか走らない観光用列車とのことで、あんまり期待していなかったのだが、なかなか良かった。

キースリーのSL


補給中


このThe Keighley & Worth Valley Railwayのようなのを、保存鉄道といいイギリスには、こういう形でSLを走らせている鉄道が100か所以上もあるという。ここには鉄道博物館みたいなのもある。

保存鉄道の多くは鉄道マニアのボランティアで運営されているらしい。さすがは鉄ちゃんの先進国だ。スケールが違う。

そんなこんなで、English撮り鉄発見!

イギリスの撮り鉄


車内はこんな感じ。
いろいろなタイプの列車が運行されているが、行きに乗ったのはこういう個室タイプで、貸切状態。
個室だと、窓を自由に開けられるし、右も左も見られてお得な感じ。

車内


僕の頭上の網棚に、寅さんが持っているような革のトランクが置いてあるが、もちろん僕のではない。たぶん演出だろうと思うが、全部の客室に置いてあるのかどうかは定かではない。

切符はこれ。もちろん硬券。値段は忘れたが、意外に安かった。

切符


駅舎もいい感じ。こちらはキースリー駅。

キースリーの駅舎


これは、ハワース駅のガス灯。電球じゃないところが、芸が細かい。
夜は見ていないが、マントルが付いているので、たぶん点くのだろう。

ガス灯


あ、肝心のブロンテ姉妹まで書けなかった。それはまた明日。
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